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HubSpot AI活用術:CRMの「失敗」を「成果」に変えるハイブリッドチーム戦略

作成者: 田村 慶|2025/12/19

多くの日本企業がCRM(顧客関係管理)の導入を試みていますが、「導入企業の約6割が失敗した」という調査結果もあるように、その運用に苦戦しているケースは少なくありません。データがサイロ化し、結局Excelやスプレッドシートでの管理に戻ってしまったり、部門間で顧客情報が分断され、一貫性のない顧客体験を提供してしまったりするのです。

しかし、この問題は使う人だけの問題ではなく、従来のツールの構造にも一因がありました。複雑な設定、IT部門への依存、使いこなせない現場の学習コスト――これらがCRMを形骸化させてきました。

今、この状況をAIが根本から変えようとしています。本記事では、HubSpotが提唱するAI戦略と、それを実現するSmart CRMの具体的な機能について解説します。単なるアシスタントを超え、人とAIが協働するハイブリッドチームを構築し、マーケティング、営業、カスタマーサポートの業務をいかに変革できるのか。具体的なAI活用事例と共に、その最前線を紹介します。

なぜ従来のCRMは失敗するのか?

CRM導入プロジェクトが期待した成果を上げられない背景には、根深い課題が存在します。多くの場合、それは単一の問題ではなく、複数の要因が絡み合っています。

従来のCRMが抱える4つの課題

CRMの導入が失敗に終わる典型的なパターンとして、以下の4つが挙げられます。

  1. Excelやスプレッドシートの増殖
    CRMを導入したにもかかわらず、現場が使いこなせず、結局は慣れたExcelやスプレッドシートでの顧客管理に戻ってしまうケースです。データが分散し、CRMが単なるデータ入力先と化してしまいます。
  2. CRM内データの精度低下
    データの入力ルールが統一されていない、あるいは更新が面倒であるため、CRM内のデータが古く、不正確になっていきます。信頼できないデータは使われなくなり、負のスパイラルに陥ります。
  3. 部門間の情報分断
    マーケティング、営業、カスタマーサポートがそれぞれ異なるツールやデータを見ていては、顧客情報が分断されます。その結果、「営業がアプローチ中の顧客にマーケティングが別件でメールを送る」といった、一貫性のない顧客体験を生み出します。
  4. データ活用の欠如
    CRMにデータが蓄積されても、それをリアルタイムで分析し、営業機会の予測やネクストアクションの提案に活用できなければ、宝の持ち腐れとなります。

これらの課題は、ツールの設計思想そのものに起因する場合があります。従来のCRMは、複雑な設定やカスタマイズにIT部門の知識が必要であり、現場担当者にとっては学習コストが高く、直感的に使えないものが多かったのです。

Smart CRMという新しい答え

こうした従来のCRMの課題を解決するために、「Smart CRM」という新しい概念が登場しています。HubSpotが提供するSmart CRMは、従来のCRMとは根本的に設計思想が異なります。

最大の違いは、従来のCRMがレコード(記録)ベースであったのに対し、Smart CRMはシグナル(顧客の行動)ベースである点です。顧客の行動履歴やコミュニケーション履歴といったシグナルを自動で取り込み、AIがそれを解釈して、データ主導の意思決定を支援します。

HubSpotのAI戦略:「ハイブリッドチーム」の実現

HubSpotのAI戦略は、単なる業務の補助に留まりません。目指すのは、AIを企業の成長を加速させるAIチームメイトとして迎え入れ、人とAIが協働する「ハイブリッドチーム」を実現することです。

HubSpotのプロダクト責任者は、「勝利を収めるのは、AIツールを最も多く導入している企業ではない。AIが人間に取って代わるのではなく、その影響力を倍増させる、最もスマートなハイブリッドチームを持つ企業だ」と述べています。

このハイブリッドチームは、3つのステップで構築されます。

ステップ1:データをつなぐ(基盤)

AIの能力は、学習するデータの質によって決まります。「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミしか出てこない)」という言葉の通り、不正確でサイロ化されたデータからは、間違ったインサイトしか生まれません。

最初のステップは、AIが活用できる形で顧客データを統合し、クレンジングすることです。HubSpotのSmart CRMとData Hubは、社内に散在する顧客データをシームレスに統合・整備し、AI活用のための強固なデータ基盤を構築します。

ステップ2:チームを支援する(副操縦士)

次に、AIを「コパイロット(副操縦士)」として日常業務に組み込みます。AIがEメールの作成、コンテンツの生成、営業電話の要約、ワークフロー(自動化)の構築などを支援し、あらゆる業務の生産性を劇的に向上させます。

これにより、人間は雑務から解放され、より戦略的で創造性が求められる業務に集中できるようになります。

ステップ3:AIチームを編成する(自律実行)

最終ステップは、AIが自律型エージェントとしてタスクを実行するチームを編成することです。これは2025年現在の最前線であり、AIが特定のタスクを人間に代わって実行します。

例えば、問い合わせの一次対応、リード(見込み客)の分類、定型的なフォローアップなどをAIエージェントが自律的に行います。これにより、人間はさらに高度な判断や戦略立案といった、付加価値の高い業務にリソースを割くことが可能になります。

AI時代の新潮流「Loop Marketing(ループマーケティング)」とは

HubSpotは、AI時代の新しいマーケティングコンセプトとして「Loop Marketing(ループマーケティング)」を提唱しています。これは、かつてのインバウンドマーケティングの考え方を進化させたものです。

この背景には、AIが検索や比較行動を代替するという大きな変化があります。Webサイトへの訪問者数は全体的に減少する一方で、訪問するユーザーはすでにある程度の比較検討を終えた購買意欲の高い層に絞られていきます。

つまり、大量のトラフィックを集め、その一部を顧客化するという従来のファネル型マーケティングの前提が崩れつつあるのです。

ループマーケティングは、この新しい環境に適応するための4つのステップで構成されます。

ループマーケティングの4ステップ

  1. Express (表現)
    自社のブランド価値やストーリーを定義し、市場に向けて一貫したメッセージを発信する段階です。
  2. Tailor (調整)
    AIの力を活用し、顧客ごとのデータや行動に基づき、メッセージや体験を「個人」に最適化する段階です。これは単なる「パーソナライズ(属性ごと)」を超えた、「パーソナル(個人)」な体験提供を意味します。
  3. Amplify (拡散)
    AIによって最適化されたメッセージを、顧客がいるすべてのチャネル(SNS、メール、Web、オフラインなど)を通じて広げ、届ける段階です。
  4. Evolve (進化)
    実行した施策から得られた結果をリアルタイムで分析し、次の「Express(表現)」に反映させて成長を加速させる段階です。

このループにおいて、戦略的な「Express」と分析的な「Evolve」は人間が主導し、実行と最適化が求められる「Tailor」と「Amplify」はAIが強力に支援します。これにより、成長が成長を呼ぶ、継続的なマーケティングの好循環が生まれます。

 

HubSpot AI「Breeze」の機能と活用法

HubSpotのAI機能群は「Breeze」というブランド名で提供されています。Breezeは、単一の機能ではなく、プラットフォーム全体に組み込まれたAI機能の総称です。

Breeze アシスタント:CRMと対話するAI

Breeze アシスタントは、HubSpotの管理画面内で利用できる会話型AIです。ChatGPTのように自然言語で指示を出すだけで、CRMのデータを活用した業務を支援します。

  • CRMデータの操作:「株式会社100の最近の活動履歴を要約して」「優先度の高いサポートチケットをリストアップして」
  • コンテンツ作成:「A社向けのフォローアップメールを作成して」「新機能に関するブログのアイデアを出して」
  • 営業支援:「この商談データに基づき、次のアクションを提案して」

Google WorkspaceやMicrosoft 365、Slackなどともシームレスに連携し、日常の業務効率を飛躍的に高めます。

Breeze エージェント:自律実行するAI/h3>

Breeze エージェントは、あらかじめ定義された特定の業務を自律的に実行するAIです。アシスタントが「副操縦士」なら、エージェントは特定のタスクを担うAI社員と言えます。

  • 企業調査エージェント:新規リードの会社名を基に、Web上のニュースや企業情報を自動で調査し、CRMデータをリッチ化します。
  • 取引損失エージェント:失注した商談の理由を分析し、レポートを生成します。
  • リード分類エージェント:問い合わせ内容や行動履歴を分析し、リードを自動で分類・振り分けします。

これらのエージェントは、プロンプト(指示文)をカスタマイズすることも可能です。例えば、企業調査エージェントに対し、「日本の企業の場合は、PR Timesを参照して最新のプレスリリースを検索する」といった独自の指示を追加できます。

外部LLM連携:ChatGPTでHubSpotデータを分析

BreezeはHubSpot内部の機能だけでなく、外部のLLM(大規模言語モデル)との連携も強力です。

  • Chat Mode(ChatGPT内)
    ChatGPTの画面からHubSpotコネクタを有効にすると、「先週作成されたサポートチケットは何件?」といった簡単な質問に即座に答えてくれます。
  • Deep Research Mode(ChatGPT内)
    「前四半期に失注した最も一般的な理由は?」といった質問に対し、HubSpot内のCRMデータを分析するだけでなく、Web上の外部知識(市場トレンドや競合情報など)を組み合わせて、より深い洞察を含むレポートを生成します。

ワークフロー連携:業務プロセスへのAI組込み

HubSpotの強力な自動化機能「ワークフロー」の途中に、AIの処理を組み込むことができます。

  • インテリジェントなリード分類:問い合わせフォームの内容をAIが分析し、単なるIF-THENルールでは不可能な、文脈を理解した上での高度なセグメント化を行います。
  • 解約リスク予測:顧客の行動パターンやサポート履歴をAIが分析し、解約(チャーン)リスクを予測。リスクが高い顧客を自動でカスタマーサクセスチームに通知します。
  • 会社情報の正規化:入力された会社名やURLを基に、AIが正しい会社名や法人番号を検索し、データを自動でクレンジングします。

【部門別】Breeze AIによる業務変革シナリオ

Breeze AIが、マーケティング、営業、サポートの各部門でどのように業務を変革するか、具体的なシナリオを見ていきましょう。

マーケティング:動的セグメントとコンテンツ自動生成

従来のセグメンテーションは、業種や役職といった静的な属性に依存しがちでした。しかしAIを活用すれば、顧客の「行動データ(Web閲覧履歴、メール開封、資料ダウンロードなど)」に基づいた動的なセグメントを自動で抽出できます。

さらに、Breezeがそのセグメントの関心事に合わせたメール文面やランディングページ(LP)のコピーを動的に生成。これにより、マーケティング担当者は、リアルタイムの顧客の興味関心に即した、高精度なアプローチを自動化できます。

営業:「失注理由」の“本当の”要因を特定

営業現場でAIがもたらす最大の価値の一つが、非構造化データの分析です。

多くのCRMでは、営業担当が失注理由をドロップダウンリストから「価格が高い」と選択します。しかし、AIがその商談に関連する全てのメール履歴、Zoomの通話記録、会議メモを分析すると、本当の根本原因が明らかになることがあります。

例えば、「価格が高い」と記録されていても、AIは「初期段階での価値提案が不十分だった」「競合他社の特定の機能比較で不利な点を解消できなかった」といった、非構造化データに隠された真のパターンを識別します。これにより、営業チームは表面的な理由ではなく、根本的なプロセスの改善に取り組むことができます。

カスタマーサポート:自己改善するナレッジベース

カスタマーサポートは、AI活用が最も進んでいる領域の一つです。Breeze AIは、自己改善するサポートサイクルを構築します。

  1. 顧客からの問い合わせを、まずAIチャットボットが受け付けます。
  2. 過去のFAQやナレッジベースに基づき、AIが自己解決を促します。
  3. AIで解決できない複雑な問題は、人間のサポート担当者に引き継がれます。
  4. 人間が対応・解決した内容を、AIが学習し、要約します。
  5. その要約に基づき、AIが新しいFAQ記事やナレッジベース記事を自動で生成・更新提案します。

このループにより、サポートチームが対応すればするほどAIが賢くなり、ナレッジベースが自動で充実していきます。結果として、顧客の自己解決率が向上し、サポート担当者はより複雑で重要な問題に集中できます。

【実践事例】株式会社100が取り組む高度なAI活用

理論だけでなく、実際にHubSpotパートナーである株式会社100(ハンドレッド)が、自社の業務でどのように高度なAI活用を実践しているか、4つの事例を紹介します。

事例1:問い合わせのAI自動カテゴライズとアサイン

Webサイトからの問い合わせフォーム送信をトリガーに、AIが内容を自動でカテゴライズします。

  • 営業・スパムと判定:自動でクローズ(無視)。
  • サービスAに関する問い合わせと判定
    • AIがさらに企業規模(従業員数など)を判定。
    • SMB(中小企業)の場合:資料を自動送付し、セルフサービスを促進。
    • MID/CORP(中堅・大手企業)の場合:該当サービス担当者のカレンダー(空き時間)を自動でメールに挿入し、打ち合わせ設定を打診。

これにより、優先度の高いリードに即時対応しつつ、営業リソースを最適化しています。

事例2:AIによるデータクレンジングとエンリッチ(充実化)

データ品質はAI活用の基盤です。AIを活用して、データクレンジングを自動化しています。

  • 法人番号の自動取得:コンタクト作成時、AIが会社名や住所を基に国税庁のデータベースなどを検索し、法人番号を自動で取得・プロパティに挿入します。

  • 部署・役職の正規化:名刺データなどから取り込まれる「マーケティング部」「宣伝広報課」「Marketer」といった多様な表記を、AIが「マーケティング部門」「営業部門」といった統一された部門種別や、「部長クラス」「担当者クラス」といった役職クラスに自動で分類・変換します。

事例3:Zoom会議のAI評価とアラート通知

ZoomとHubSpotを連携させ、商談やプロジェクトの打ち合わせにおけるリスク管理を自動化しています。

  1. Zoomでの打ち合わせが終了すると、録音データがHubSpotに取り込まれます。
  2. AIが議事録を自動作成します。
  3. さらにAIが、議事録の内容に基づき、プロジェクトの進行状況を「順調」「要確認」「アラート」の3段階で評価します。
  4. 「アラート」と評価された場合、AIはさらにその責任の所在(自社起因か、顧客起因か)を分析し、即座に社内Slackへアラート通知を行います。

これにより、プロジェクトマネージャーは問題の兆候を早期に察知し、迅速な対応が可能になります。

 

よくある質問(FAQ)

Q1:AIの活用は、やはり大企業向けのものですか?

A1: いいえ、そんなことはありません。AIによる自動化は、むしろリソースが限られている中小企業にこそ大きなメリットをもたらします。HubSpotのSmart CRMは、ノーコードで現場担当者がAI機能を設定・活用できるように設計されています。例えば、問い合わせの自動振り分けやデータクレンジングといった機能は、少人数のチームの生産性を飛躍的に高めます。

Q2:AIが導入されると、営業担当者やマーケターの仕事はなくなってしまうのでしょうか?

A2: AIは仕事を奪うのではなく、変えるものです。HubSpotが目指すのはハイブリッドチームであり、AIが人間に取って代わることではありません。AIが定型業務、データ分析、コンテンツの叩き台作成といった雑務を担うことで、人間は顧客との関係構築、高度な戦略立案、創造的なアイデア出しといった、人間にしかできない高付加価値な業務により多くの時間を使えるようになります。

Q3:正直、うちのCRMデータはぐちゃぐちゃです。この状態でもAIは使えますか?

A3: AIの精度はデータの品質に大きく依存するため、データが整理されていない状態ではAIの真価を発揮できません。しかし、これは「AIが使えない」ということではなく、「AI活用の最初のステップはデータ整備である」ということです。HubSpotのData Hubは、まさにそうしたデータのサイロ化や重複を解消し、データをクレンジングするために設計されています。AIを活用してデータをクレンジングすることも可能であり、データ整備こそがAI活用の第一歩となります。

まとめ:AI活用は「小さく始める」が成功の鍵

AIの導入には、経営層は価値を理解しているが、現場がツールの学習に追いつけない、ツールは導入したが、業績改善という成果に結びつかない、AIの進化速度に、組織変革が追いつかない、といった、特有のギャップが伴います。

これらの課題を乗り越え、AIを真の成果につなげるためには、AIを部分的な便利ツールとしてではなく、業務プロセスの構造そのものに組み込む戦略的な統合が必要です。

HubSpotが提唱するAI成熟度モデルには、「AIに関心を持ち始めた(AI-Curious)」段階から、「導入初期(Getting Started)」「拡大期(Building Momentum)」、そして「先進企業(Leading the Way)」へと至る道のりが示されています。

重要なのは、いきなり全社で完璧なAI活用を目指すことではありません。まずは自社の現状(CRMのデータ品質、業務課題)を正確に棚卸しすること。そして、本記事で紹介したような事例を参考に、一つの部門、一つの業務からでも小さく始めてみること(PoC)です。その小さな成功事例を社内で共有し、徐々に活用範囲を広げていくアプローチこそが、自社をAI先進企業へと導く最も確実な一歩となるでしょう。