厚生労働省の医療施設動態調査(令和7年10月末概数)によれば、国内の病院は7,998施設、一般診療所は105,657施設、歯科診療所は65,600施設です。合計すると約18万の施設が、製薬企業・医療機器メーカーにとっての顧客基盤になります。
この数を営業担当の訪問だけで覆うことは不可能です。かといって、一般的なBtoB企業のようにWebサイトで製品情報を公開し、問い合わせを待つという方法も取れません。医薬品等適正広告基準は、医師・歯科医師が自ら使用し、またはその処方せんや指示によって使用される医薬品について、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告を行わないものとすると定めています。医療機器についても、一般人が使用した場合に保健衛生上の危害が生じるおそれのあるものは同様の扱いです。
つまりこの業界のデジタル接点は、「情報を届ける」仕組みを作る前に「誰に見せてよいかを判別する」仕組みが要ります。私たちが製薬・医療機器の企業を支援する際も、設計の起点はコンテンツではなくアクセス制御です。この記事では、医療従事者限定サイトの構成、MR・営業とデジタルの接続、卸経由販売での顧客把握を、実際の支援事例とあわせて整理します。
この記事のポイント
目次
製薬企業や医療機器メーカーの多くが、医療従事者向けの会員サイトを持っています。そして相当数のサイトが、開設から数年で更新が止まっています。原因は、コンテンツを作る体制がないことではなく、サイトが営業活動と切り離されていることにあります。
会員サイトの運営をマーケティング部門が担い、医療機関への訪問を営業・MRが担い、両者のデータがつながっていない。この状態では、サイトで自社製品の資料を繰り返し閲覧している医師がいても、担当者はそれを知りません。部門間でデータが分断される構造は組織のサイロ化を解消するデータ設計で詳しく扱っています。逆に営業が訪問して関心を示された内容が、サイトのコンテンツに反映されることもありません。
規制上、医療従事者であることの確認は必要です。しかし確認の手順が重いほど、登録率は下がります。氏名・所属施設・診療科・医師番号・勤務先住所をすべて初回に求めると、登録の途中で離脱します。
私たちが設計する際は、初回の登録項目を最小限にし、追加情報は利用のなかで段階的に集める方法を取ります。HubSpotのフォームには、すでに取得済みの項目を別の質問に差し替える機能があり、2回目以降のダウンロード時に不足項目だけを聞けます。1回のフォームで全項目を揃えようとしないことが、結果的に情報量を増やします。
企業側は製品の優位性を伝えたいと考えます。一方、医療従事者が探しているのは、添付文書の情報、適正使用の条件、他剤・他機種との使い分け、実際の症例での扱いです。製品カタログを電子化しただけのサイトは、この需要に答えていません。
何が求められているかは、サイトの閲覧データから分かります。どのページが長く読まれ、どの資料が繰り返しダウンロードされているか。HubSpotではカスタムレポートビルダーでコンタクトの行動と紐づけて集計できるため、施設区分や診療科ごとの関心の違いまで確認できます。
この判断を誤ると、サイトの公開そのものが問題になります。医薬品等適正広告基準の「医療用医薬品等の広告の制限」は、医師または歯科医師が自ら使用し、もしくはその処方せん・指示によって使用される医薬品について、医薬関係者以外の一般人を対象とする広告を行わないものとすると定めています。医療機器についても、医療関係者が自ら使用することを目的とし、一般人が使用した場合に保健衛生上の危害が発生するおそれのあるものは同様です。
ここでいう「広告」は、紙媒体やテレビCMに限りません。誰でも閲覧できる状態のWebページも対象になります。したがって、医療用医薬品の製品情報を公開領域に置くことはできません。
| 情報の種類 | 公開範囲の考え方 | HubSpotでの実装 |
| 企業情報・IR・採用 | 一般公開 | 通常のサイトページ |
| 疾患啓発(製品名を出さない) | 一般公開。ただし製品の推奨にならない表現に限る | 通常のサイトページ。法務確認を経たテンプレートで運用 |
| 医療用医薬品の製品情報 | 医療関係者に限定 | 会員登録を必須とする非公開コンテンツ |
| 専門家向け医療機器の操作情報 | 医療関係者に限定 | 会員登録を必須とする非公開コンテンツ。施設単位の権限も検討 |
表の2行目には注意が必要です。疾患啓発は一般公開できますが、特定の製品への誘導と受け取られる構成にすると、実質的な広告と判断される余地があります。具体的な線引きは自社の薬事・法務部門の判断に従ってください。この記事は実装方法を扱うものであり、個別の表現の適否を判断するものではありません。
自己申告のチェックボックスのみで区切っているサイトは実在します。これが十分かどうかは、扱う情報の機微さと自社の方針によります。私たちが支援する企業では、少なくとも会員登録を求め、登録情報に所属施設と職種を含める構成が一般的です。
医師資格の確認までを求めるかは、運用負荷との兼ね合いになります。確認プロセスを厳格にするほど登録者数は減りますが、情報の到達先は確実になります。どちらを優先するかは、コンテンツの性質によって変わります。
HubSpotには、ページを会員登録者だけに見せる機能があります。非公開コンテンツへのアクセスに会員登録を必須にする設定を使うと、指定したリストに属するコンタクトだけがページを閲覧できる状態を作れます。
この構成の利点は、アクセス制御とCRMが同じデータを見ている点にあります。別々のシステムで会員管理とマーケティングを行うと、退会処理が片方にしか反映されないといった事故が起きます。同一基盤であれば、コンタクトのプロパティを更新した時点でアクセス権も変わります。
すべての医療従事者に同じ情報を見せる必要はありません。医師向けの詳細な臨床データ、看護師向けの手技情報、臨床工学技士向けの保守情報は、対象が異なります。HubSpotでは、コンタクトの職種プロパティを条件にしたリストを作り、ページごとにアクセス可能なリストを指定します。
アクセス管理の設定は非公開コンテンツの設定で行います。登録がうまくいかないという問い合わせは必ず発生するため、登録時のトラブルシューティングの内容は運用担当が把握しておくべき範囲です。
すでに外部の医師認証サービスや自社の会員基盤を持っている場合、HubSpotの会員登録と二重になります。この場合はシングルサインオンを設定し、既存の認証基盤で認証した利用者がそのままHubSpotの非公開コンテンツを閲覧できる構成にします。
この実装を選ぶ判断基準は、既存の会員数です。数千人規模の会員基盤がすでにあるなら、移行させるより連携するほうが現実的です。ゼロから始めるなら、HubSpot側で完結させたほうが運用は単純になります。
医療機関への訪問は、以前より制約が増えています。アポイントなしの訪問を受け付けない施設が増え、面談時間も限られます。限られた面談で何を話すかを決めるうえで、相手が事前にどんな情報を見ていたかは有力な材料になります。
統合の実装自体は複雑ではありません。会員サイトの閲覧履歴がコンタクトのレコードに残っていれば、営業担当はCRMの画面でそれを見られます。問題は、営業が見る習慣を持つかどうかです。
営業が訪問前に知りたいのは、前回の面談内容、資料請求の履歴、直近のサイト閲覧、問い合わせの有無です。これらが複数のタブに分散していると見られません。HubSpotではレコードの表示項目をカスタマイズできるため、医療機関向けの表示設定を作り、必要な情報を上部に固定します。
面談記録の入力は、訪問直後にモバイルから行える状態にしてください。事務所に戻ってから入力する運用は、件数が増えると滞ります。
医療機関は組織であり、面談相手は個人です。「A病院を訪問した」という記録と「B医師と面談した」という記録は別のものです。会社(施設)とコンタクト(医師・技士・事務長)を分けて持ち、活動記録はコンタクトに紐づけたうえで施設からも参照できる構造にします。
この分離ができていないと、担当医師が異動した際に、施設との関係が全て失われたように見えてしまいます。実際には施設側の購買担当や他科の医師との関係は残っているはずです。
医薬品も医療機器も、多くは卸や販売代理店を経由して医療機関に納入されます。契約上の取引相手は卸であり、製品を使うのは医療機関です。この構造では、メーカーの手元に使用者の情報が集まりにくくなります。
対策は2つあります。1つは、卸からの納入データを定期的に取り込み、どの施設で自社製品が使われているかを把握すること。もう1つは、製品の使用者が直接メーカーと接点を持つ理由を作ることです。
納入実績は施設単位、会員登録は個人単位で存在します。両者を突き合わせるには、会員登録時に取得する所属施設名の表記を揃える必要があります。「○○病院」「医療法人社団○○会 ○○病院」といった表記ゆれが生じるため、登録フォームでは自由記述ではなく施設マスタからの選択にするのが理想です。
すでに表記ゆれが発生している場合は、重複レコードの管理で統合し、以降はデータ品質コマンドセンターで状態を点検します。
製品が卸経由で届くとしても、技術的な問い合わせ、保守点検の依頼、使用方法の相談はメーカーに来ます。この接点を記録に残せば、使用者との関係は構築できます。問い合わせをチケットとして扱い、施設と担当者に紐づけることで、対応履歴が資産になります。
医療機器では、定期点検や消耗品の交換周期が決まっているものがあります。この周期をワークフローで管理すれば、点検時期の案内を自動化でき、同時に使用状況の確認機会にもなります。
医療機関への営業では、購買の意思決定が複数の立場に分かれています。製品を使う医師、必要性を判断する部門長、価格を交渉する事務・購買、全体を統括する病院長。さらに大学病院や公的病院では、入札や委員会の手続きが加わります。
この構造を1つのコンタクトレコードで表現することはできません。規制対応を前提としたCRM設計という点では、金融・保険業のHubSpot活用と共通する論点があります。施設を会社レコードとして持ち、関与者それぞれをコンタクトとして登録し、関連付けラベルで役割を明示します。
医療法人が複数の病院・クリニックを運営している場合、法人単位の意思決定と施設単位の運用が分かれます。会社レコードに親子関係を設定し、法人の下に各施設をぶら下げる構造にすると、法人全体での取引額と施設ごとの使用状況の両方が見えます。
開設者別の区分も属性として持っておくと有用です。医療施設動態調査では、病院7,998施設が国・公的医療機関・社会保険関係団体・医療法人・個人などの開設者別に分類されています。意思決定のプロセスは開設者の区分によって大きく変わるため、この情報は営業設計の前提になります。
同じ施設でも、診療科によって必要な製品は違います。コンタクトに診療科のプロパティを持たせ、配信するコンテンツを分けます。全科に同じ情報を送ると、関係のない内容が届いた相手から配信停止されます。一度解除されると、再度の同意取得は簡単ではありません。
株式会社100は、世界上位1%・日本唯一のHubSpot認定エリートパートナーとして、医療機関を顧客に持つ企業を支援してきました。以下は公開許諾をいただいた2社の事例です。いずれも医療機関そのものではなく、医療機関へ製品・システムを提供する側の企業です。
2社に共通するのは、顧客である医療機関の数が多く、訪問だけでは接点を維持できないという構造でした。
ASP Japan合同会社は、感染対策に特化した医療機器を提供する企業です。「患者様の最も大事な瞬間に、患者様を守ること」をミッションに掲げ、滅菌領域と洗浄・消毒領域の両分野で製品・サービスを提供しており、主な顧客は全国の医療機関です。1994年に製品の販売を開始し、2019年にFORTIVEグループの一員となりました。
この合併に伴い、新たなWebサイトの構築とデジタルマーケティング環境の刷新が必要になりました。選定されたのがHubSpotのContent HubとMarketing Hubです(ASP Japanの事例)。
この事例で参考になるのは、パートナー選定の条件です。同社は、英語での対応が可能であること、日本語でのサポートが提供されること、自社の業務内容と課題への理解があることの3点を条件としました。外資系の日本法人では、本社への説明は英語で行い、国内の運用は日本語で回すという二重の要件が常に発生します。システム選定でこの点を軽視すると、導入後に本社報告のたびに翻訳作業が生じます。
デンタルシステムズ株式会社は、歯科医院向けのレセプトコンピューターをはじめとするソフトウェアの開発・販売を手がけ、全国の歯科医院にシステムを提供しています。国内の歯科診療所は65,600施設あり、この全てが潜在的な顧客基盤です。
同社は数年前からSalesforceを導入していましたが、年間2,500万円を超えるライセンス費用に見合うメリットを感じられず、営業現場での活用も進んでいませんでした。Salesforceの年次更新まで約2か月という期間でHubSpotへの全面移行を実施し、年間2,000万円以上のコスト削減を達成しています(デンタルシステムズの事例)。
対象となる施設数が多く、1施設あたりの単価が大きくない事業では、営業活動のコスト構造が成果を左右します。CRMのライセンス費用もそのコストの一部であり、使われていない機能に費用を払い続ける状態は、事業の収益性を直接圧迫します。
医療従事者の情報は、本人の職業上の情報であると同時に個人情報です。会員登録・メール配信・サイト上の行動追跡のそれぞれについて、どのような同意を得ているかを説明できる状態にしておく必要があります。
実務上、最も問い合わせが多いのが削除要求への対応です。「登録情報をすべて削除してほしい」という連絡があったとき、どの範囲をどう消すかが決まっていないと、対応に時間がかかります。
HubSpotには、復元可能な削除と完全な削除の2種類があります。復元可能な削除と完全削除の違いを理解したうえで、本人からの要求に応じる場合は完全削除の手順を使います。通常の削除では、90日以内であれば復元可能な状態が残ります。
削除の実行権限は限られた担当者だけに付与してください。ユーザー権限で削除権限を分離しておかないと、操作ミスによる消失が起こりえます。
同意を取得した事実と、そのときの文面を記録に残すには、フォームの同意文面設定を使います。文面を変更した場合、それ以降の登録者には新しい文面が適用され、過去の登録者には当時の文面が記録として残ります。
メールの開封・クリックの追跡についても、メール追跡に関する同意のガイドラインが公開されています。自社の方針を決める際の参考になります。
製薬・医療機器の企業でCRMを導入する際、会員サイトの構築から始めるのは順序として重くなります。サイトの構築には薬事確認が必要で、コンテンツの準備にも時間がかかるためです。先に着手すべきは、すでに接点のある医療機関と担当者のデータ整理です。
営業が持っている名刺と訪問記録、過去の展示会・学会で獲得した連絡先、問い合わせの履歴。これらを1か所に集めるだけで、自社が実際に何施設と接点を持っているかが初めて分かります。
医療機関の名称は表記ゆれが起きやすく、後から統合するコストが高くつきます。最初に施設の正式名称をどう持つかを決め、入力の基準を文書化してください。この作業を飛ばすと、半年後に名寄せ作業が発生します。導入時にかかる費用の内訳はHubSpotのオンボーディングに必要な費用を参考にしてください。
あわせて、薬事・法務部門との確認プロセスを決めます。どのコンテンツに事前確認が必要か、確認の依頼から回答までの標準日数は何日か。この合意がないまま運用を始めると、公開のたびに調整が発生して施策が止まります。
2か月目に、整理したデータへ最初のメールを送ります。内容は製品情報ではなく、学会情報や適正使用に関する案内など、確認の負荷が低いものから始めてください。配信先が医療関係者に限定されていることを、リストの条件で担保します。
3か月目には、反応のあった相手を営業担当に引き渡す流れを作ります。ここで重要なのは、引き渡しの基準を数値で決めることです。「関心が高そうな人」では引き渡されません。「資料を2回以上ダウンロードした」「特定の製品ページを3回以上閲覧した」といった条件を設定し、ワークフローのアクションでタスクを自動作成します。
扱う情報によります。医療用医薬品の製品情報や、専門家向け医療機器の詳細情報を掲載するのであれば、閲覧者を医療関係者に限定する仕組みが必要です。具体的な方式の適否は薬事・法務部門の判断に従ってください。実装上は、HubSpotの非公開コンテンツ機能で会員登録を必須にできます。
可能です。実際、本社のシステムを基幹として残しつつ、日本法人のマーケティングと初期商談をHubSpotで運用する構成は珍しくありません。注意点は、本社への報告に必要な項目を最初に確認しておくことです。報告フォーマットが決まっているなら、その項目をHubSpot側のプロパティとして持たせておけば、報告時の手作業が減ります。
記録が存在すること自体は、適切な活動を証明する材料にもなります。重要なのは、記録のルールを定めて一貫して運用することです。一部の活動だけ記録され、都合の悪い記録が残らない運用のほうが、監査上は問題になります。記録範囲の決定は、コンプライアンス部門と合意してください。
名刺交換の時点で、メール配信についての同意をどう取得したかによります。何も示さずに取得した連絡先へ一斉配信を行うのは避けるべきです。実務的には、展示会のブースで配布する資料やアンケートに配信に関する案内を明記し、同意の記録を残す運用にします。
異動を前提とした設計にしてください。コンタクトが退職・異動した場合も削除せず、「在籍状況」のプロパティで無効にします。削除すると過去の活動履歴まで参照できなくなります。また、施設側の窓口が変わっても施設レコードは残るため、関係そのものは継続します。
登録してください。卸の担当者は、医療機関の状況を知る重要な情報源です。会社レコードとして卸を持ち、担当者をコンタクトとして登録し、関連付けで販売ルートを表現します。医療機関のレコードとは区別できるよう、取引先区分を必ず設定してください。
添付文書は改訂があるため、古い版が残らない仕組みが必要です。ファイルをダウンロードさせる方式ではなく、常に最新版を参照するページとして提供し、改訂時にそのページを更新する構成にします。過去にダウンロードされたファイルは回収できませんが、参照先がページであれば更新が反映されます。
初年度は「接点を持てている施設数」で測ることを勧めています。売上への影響は販売ルートが間に入るため直接の帰属が難しく、短期では評価できません。一方、自社が直接つながっている施設・医療従事者の数は、導入前後で明確に比較できます。
医療・製薬の領域では、デジタル施策の制約が他業種より明確に存在します。見せてよい相手が法令で限定され、販売ルートが間に入り、組織の意思決定も多層です。この制約を前提に設計すれば、むしろ精度の高い顧客基盤が作れます。約18万の医療施設のうち、自社が直接つながっているのは何施設か。この数字に答えられる状態を作ることが出発点です。
株式会社100は、世界上位1%・日本唯一のHubSpot認定エリートパートナーとして、医療機関を顧客に持つ企業のデジタル接点設計を支援しています。薬事確認を含めた運用フローの整理から、お問い合わせフォームでご相談ください。
最終更新日: 2026年10月23日(掲載している統計・製品仕様は同日時点のものです。法令・ガイドラインの解釈は自社の薬事・法務部門にご確認ください。HubSpotの機能およびエディション要件は変更される可能性があります)