HubSpotをはじめ営業支援ツールを導入するとまず考えるのは売上への貢献ですが、残念ながら、営業支援ツールを使えば売上が上がる訳ではありません。
私たちが営業支援ツールを上手に使うためには、営業支援ツールで得られるたくさんの指標を分析して、売上を上げる要因を見つけていかなくてはいけません。
成約率は、端的にお客様が購入または契約してくれた結果を、商談案件数で割った値です。つまり、1年間の1,000商談案件のうち、成約数が300件であれば、成約率30%となります。
成約結果は、HubSpotのコンタクトには「ライフサイクルステージ」というプロパティがデフォルトで組み込まれていますので、これを使うことにしましょう。また、成約に向けて中心となった顧客の担当者一人を見込み客とすることとして、「1成約、1コンタクト」にしておきましょう。
もし、成約結果をオリジナルで作るなら、HubSpot Sales Hubの「取引パイプライン」から成約ステージになったコンタクトに成約済というプロパティを設定することもできるでしょう。成約率を出すためには、コンタクトそれぞれに成約したか否かをわかるようにしておきましょう。
HubSpotスコアは、HubSpotのデフォルトプロパティですが、オリジナルのプロパティで作成できる計算プロパティです。
この計算プロパティは、HubSpotに記録された様々なデータやリストメンバーシップなどを使って任意の点数をつけてスコアリングすることができます。
例えば、フォームのコンバージョンがあったお客様には+1ポイント、ミーティングしたお客様には+2ポイントなどとして、スコアリングしていきます。HubSpotスコアのスコアリングの考え方は様々ありますが、時系列で積み重なっていくお客様のアクティビティをスコアリングすることで、コンタクトのプロフィールや所属する会社の特徴といったものと比較できるようにすることが望ましいです。なお、HubSpotスコアの詳しい使い方は、HubSpotのナレッジベースをご覧ください。
さて、HubSpotスコアは本当に有効になのでしょうか。HubSpotスコアの設定方法をみればわかるように、指標は任意で重みづけすることができ、スコアはその合計で計算されていることから、
など、懐疑的になってしまいます。
ただ、お客様のアクティビティを数値化して、それが「成約結果と関係していることが分析できれば、HubSpotスコアが非常に意味ある指標になること」は間違いありません。
ここで、成約率をそのまま考えるのはわかりにくいので、確率統計のテッパン課題とされている「コイン投げ」で表と裏がでる確率を思い出してみましょう。
「離散確率分布」と呼ばれる特殊な形状の確率分布で示される「コイン投げ」ですが、さらに考えたいのは、コインを投げて落ちてくるまでに様々な影響を受け、表が出やすかったり、裏が出やすかったりと、結果が偏ることもあるでしょう。その要因として考えられるのは、コインの重さや重心、投げる高さ、角度、回転数、風の強さ、落ちた場所の固さや角度など、さらに地球の重力も影響要因の一つです。
これら多くの影響を受けながら、上がって落ちてくるコインですが、これらの影響を正確に計測して再現できれば、コイン投げの結果に偏りがあったとしても、それを再現できるはずです。
成約結果の話に戻りましょう。
成約結果とHubSpotスコアの関係をコインとコインに与える影響要因のように、コインの表裏を成約したか否か、コインに与える影響要因をHubSpotスコアと置き換えるとどうでしょうか。
HubSpotで記録できるお客様のアクティビティは、フォームコンバージョン、WEB閲覧回数、ミーティング成果など様々な指標があるので、HubSpotスコアとして指標化すればお客様のアクティビティを数値化し、成約結果との関係が何かわかりそうな気がしませんか。
先述した「コイン投げ」の確率のような「離散確率分布」と「連続確率分布」の関係を解析的に扱うことが難しく、その発展を支えたのがコンピュータです。ここでの詳述は避けますが、コイン投げの結果が正規分布するなら最小二乗法が使えますが、「離散確率分布」に正確に適用することができませんでした。しかし、1970年になってジェームス・トービンやダニエル・マクファーデンらによって、「離散確率分布」を数学的にも、解析的にも計算できる手法が開発されました。これらのモデルは、トービットモデルやロジットモデルと呼ばれ、彼らはその功績を称えられ、ノーベル経済学賞を受賞しました。特に、ロジットモデルは、私たちの日常生活で直面する選択の分析に用いられており、例えば、バス、電車、飛行機などの交通機関の選択といった交通計画や消費者はどのような商品を選択するのかといったマーケティングリサーチで利用されています。
ロジットモデルの考え方を下図に示します。
ロジットモデルには、1か0かの結果しかありませんが、0の直線上には左側に点が多く集まり、1の直線上には右側に点が多く集まっています。成約を1、未成約を0、成約のHubSpotスコアを1の直線上にプロットし、未成約のHubSpotスコアを0の直線上にプロットすると、直感的にこのような図になりそうなのを想像できるでしょうか。
このような図を頭に思い浮かべられれば、あとはこの曲線の式を解くだけです。
ここでは数学的な解法は詳述しませんが、ロジットモデルは最小二乗法のように集計して解くことができないので、最尤推定法を使って計算します。この最尤推定法は、SPSSやSTATAなどの統計パッケージ、R、Pythonの統計ライブラリなどに組み込まれていますので、最尤推定法の知識がなくても、数行のスクリプトを書くだけで計算することができます。
例えば、150人分のHubSpotスコアの分布が下図のようになっていたら、1から10に近づくにつれ、成約しやすくなっていきます。HubSpotスコア”1”が成約したか否か、HubSpotスコア”10”が成約したか否か、これらを最尤推定法で係数を推定することとなります。
ロジットモデルも、他の統計モデル同様、モデルの確からしさも確認が必要であり、最小二乗法のような相関係数ではなく、尤度比の大きさ、係数のP値の大きさを確認しましょう。これらに有意性が認められれば、次に理論値を求めます。
ロジットモデルの理論式に係数を代入することで、離散分布の成約結果を連続した成約率として計算します。この例では、最大値が10ポイントであるHubSpotスコアごとに成約率を計算し、下図にグラフ化しました。
この図をみるとわかるように、前述したようなロジットモデルのS字カーブを描いていることがわかります。さらに、HubSpotスコアごとの成約率をみると、10点で90%上、 1点だと20%弱となりました。また、HubSpotに登録された見込客が150コンタクトであったので、150コンタクト全ての成約率を算出し、その総和が約60となったので、成約人数は約60人となる見込であることがわかります。
本稿では、成約結果とHubSpotスコアという1対1の関係だけで分析しましたが、成約結果に与える影響は、アクティビティ、会社の規模などデモグラフィカルな要素も影響しています。今回ご紹介したロジットモデルは、1対多変数の分析にも活用できますので、幅広い分析が可能になります。ただし、適用にあたっては、変数間の独立性や多重共線性といった留意事項が多くありますので、専門家の意見を聞いたり、分析を得意とする弊社にご依頼ください。
今回利用したロジットモデルのような確率分布を仮定したり、変数を選んで使ったりするようなモデルは古典的な統計モデルですが、昨今は、AIの基礎技術である機械学習を利用することも可能です。機会学習の良さは、何よりもあまり考えなくてもよく、手持ちにあるデータをすべて使ってモデルを作れば、それなりに正しい結果は得られるというメリットあります。一方、古典的なモデルでは、変数の効果がわかりやすいため、ターゲットのセグメントが明確になり、マーケティング戦略や事業戦略に反映しやすいというメリットもあります。どちらが良いのかは、一長一短がありますので、安易にモデルや解析方法を選ぶのではなく、目的を定めて利用する必要があります。
最後に、自分自身を振り返ってみると、どこかの企業の顧客としての自分、お客様にサービスを利用してもらう販売者としての自分がいます。顧客としては売り込まれるのは嫌いだけれども、新しい情報は欲しい、販売者としては自分のサービスを使ってほしい、この両方が常に共存しています。
このような分析手法が、適切に使われることで、適切なタイミングで商品を紹介されれば顧客は嬉しいし、適切なタイミングで商品を紹介できれば無用な売り込みをする必要がなくなって、顧客と販売者の関係はとても良い関係になってくると思いますし、そういう社会になって欲しいと願っています。