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大手BtoBのAI導入事例12選|成果が出た組織と止まった組織の分岐点【2026年版】

大手BtoBのAI導入事例12選——成果が出た組織と止まった組織の分岐点を業務領域別に整理した記事のサムネイル

社内でAI導入の企画を通そうとして事例を探し始めると、同じ壁に当たります。検索して出てくるのはベンダーの導入事例ページばかりで、成果の数字は載っているが前提条件が書かれていない。「業務時間を50%削減」とあっても、どの業務を何件処理していた組織の話なのかが分からないため、自社に当てはめて説明できません。

本稿では、総務省の令和8年版情報通信白書(2026年7月公表)が業務領域別に整理した日本企業のAI活用事例と、個別ヒアリングによる先進事例を軸に、12社の取組を整理します。あわせて成果が出た組織と止まった組織の分岐点を、同白書のヒアリング結果とGartnerの調査から抽出します。すべて公表資料または白書の記述に基づき、出典を各段落に付けています。従業員1,000名規模の組織で企画を通す立場から読めるように書いています。

AI導入事例はどの業務領域で生まれているか?

事例を1件ずつ眺める前に、どの業務領域に集まっているかを把握すると、自社で探すべき領域が絞れます。同白書は日本企業のAI活用事例を6つの業務領域に整理しており、この分類がそのまま社内での候補探索の枠になります。

白書が整理する6つの業務領域とは何か

同白書の整理は、研究・商品開発、調達、製造・生産、マーケティング、顧客との接点、経営・コーポレート業務の6領域です。この分類の実用性は、自社の対象領域に近い事例だけを読めば足りるという点にあります。全領域の事例を読む必要はありません。

業務領域 白書が挙げる企業 取組の性質
研究・商品開発 中外製薬、パナソニックホールディングス 開発期間・成功確率という構造的課題への適用
調達 ロート製薬 複数エージェント連携によるサプライチェーン最適化
製造・生産 ダイキン工業、日立製作所、NTTデータ、伊藤忠テクノソリューションズ 技能継承と、開発工程そのものの変革
マーケティング 電通、サイバーエージェント 制作と運用の自動化、調査手法の置き換え
顧客との接点 明治安田生命、Gen-AX、イオン 記録の自動化から自律的な提案へ
経営・コーポレート業務 キリンホールディングス、ラクス 意思決定の補助と、申請業務の自動化

この表で注目すべきは、領域ごとに取組の性質が違う点です。研究・商品開発は構造的な課題に長期で挑む取組で、顧客との接点や経営・コーポレート業務は既存業務の置き換えから始まっています。自社の企画がどちらの性質かを先に決めると、参照すべき事例と説明すべき指標が変わります。

事例を読むときに何を見るべきか

各事例で確認する項目を3つに絞ると、比較が成立します。第一に、AIが何を判断しているのか。第二に、参照しているデータは何か。第三に、人がどこに残っているか。この3点は、自社で再現するときに必要になる前提条件と1対1で対応します。

逆に、削減時間や精度の数字だけを抜き出すと自社への当てはめができません。同じ「50%削減」でも、参照データが整っていた組織の話か、整備から始めた組織の話かで、必要な工程が変わります。以降の事例紹介では、この3点が公表資料から分かる範囲で併記します。

研究・商品開発ではどう使われているか?

この領域は、医薬品開発や製品設計という時間軸の長い業務が対象です。効果が出るまでの期間が長い代わりに、成功した場合の影響が事業構造に及びます。

中外製薬のAI創薬は何を変えようとしているか

同白書によると、中外製薬は「AI創薬」を中心に業務構造全体の改革に着手しており、生成AIを活用することで研究プロセスの効率化だけでなく新規価値の創出も目標として取組を進めているとされています(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|研究・商品開発」)。

具体的には、研究開発期間の短縮や費用の削減、開発の成功確率の向上といった医薬品開発の構造的な課題の解決に向けてAIの導入に取り組んでおり、疾患ターゲットの探索や医薬品の分子デザインにおいて機械学習などのAI技術を活用することで、創薬プロセスの短縮や成功確率の向上を目指しているとされています。各作業にロボット等を導入することで自動化・省力化を通じた開発期間の短縮にも取り組む方針で、自社のデータを活用するだけでなく積極的に他社とも連携をとっているという内容です。

読み取るべき点は、対象が「作業時間」ではなく「成功確率」に置かれていることです。同社のデジタル戦略は公開されています(参考:中外製薬「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」)。同社の全社的な体制については後述します。

パナソニックホールディングスの設計AIは何を高速化したか

同白書は商品開発の事例としてパナソニックホールディングスの「設計AI」を挙げています。自社の強みであるシミュレーション技術とAI技術を掛け合わせ、事前学習を前提とせず逐次的に学習でき、あらゆる設計条件に適用できるAI技術を活用して、モデルの作成からシミュレーションによる評価、形状の決定といったプロセスを自動化・高速化しているとされています。

効果として明示されているのは2点です。設計上の重要ポイントをヒートマップとして可視化することで設計空間のうちの重要な領域に絞って設計が可能になり、部品モーターの出力といった性能の向上だけでなく、計算速度が従来の7倍に向上したという内容です。今後の方針としては、対話形式で設計条件を入力することで最適な設計の提案を返す仕組みの実現などが期待されているとされています。

この事例で参照されているデータは、自社が長年蓄積してきたシミュレーション技術です。汎用のAIツールを導入しただけでは再現できない構造であり、自社固有の資産があるからこそ効果が出ています。

調達・製造・生産ではどう使われているか?

この領域には、複数のエージェントを連携させる取組と、技能継承を目的とした取組の両方が現れています。前者は自動化の対象がプロセス全体に及び、後者は属人化した判断を対象にしています。

ロート製薬のマルチAIエージェント連携とは何か

同白書によると、ロート製薬ではサプライチェーンの複雑化により人の経験や知見に依存した調整が困難であるといった課題に対し、2025年12月に富士通が開発した「マルチAIエージェント技術」と、東京科学大学とロート製薬が共同研究で開発した「サイバーフィジカルシステム(CPS)」の実証実験を開始することを発表したとされています(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|調達」ロート製薬「サプライチェーン最適化に向けて「マルチAIエージェント連携」技術を用いた取り組みを開始」2025年12月1日)。

工場や物流の状態をデジタル基盤上でリアルタイムでとらえるCPSと、調達管理AIエージェント、在庫管理AIエージェントなど複数のAIエージェントを組み合わせる技術を活用することで、工場間・倉庫間の輸送の最適化や、出荷拠点や代理店在庫の補充判断、生産スケジュールやリソース配分の自動最適化等、サプライチェーン全体の迅速化・効率化を目指すものとされています。需要変動が激しい環境下でも欠品や過剰在庫を抑えた安定した供給体制や、物流効率の向上によるCO2排出量の削減、人材不足の解消に貢献するという内容です。

この事例で押さえるべきは、エージェントを増やす前提としてCPSというデータ基盤が置かれていることです。工場や物流の状態をリアルタイムで把握する仕組みがなければ、エージェントは判断の材料を持てません。データ基盤の考え方はAIが動かない本当の理由はデータにあるで扱っています。

ダイキン工業の2つのAIエージェントは何を対象にしているか

同白書は製造業の事例としてダイキン工業の取組を挙げています。現場を担ってきた熟練のエンジニアが将来的に減少することが見込まれているところ、フェアリーデバイセズ社のウェアラブル端末を現場のサービスエンジニアに着用させて撮影した作業映像を基に、空調機の点検・修理作業の抜け漏れを自動チェックし、その結果をスマートフォンに通知する「熟練工AIエージェント」を自社開発したとされています。この取組は経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)主催の「GENIAC-PRIZE」において最高賞「第1位」と特別賞「AIエージェント賞」を受賞しています(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|製造・生産」ダイキン工業「ダイキンとフェアリーデバイセズが開発するAIエージェントが経済産業省とNEDO主催の「GENIAC-PRIZE」で最高賞「第1位」と特別賞「AIエージェント賞」をダブル受賞」2026年3月25日)。

もう一つが「故障診断AIエージェント」です。設備の点検において異常を発見した際、タブレット端末などを用いてテキストで質問すると、その異常が故障かどうか、故障の場合には原因や対策も提示する仕組みで、日立製作所と共同で開発・導入しています。ダイキン工業が蓄積してきた設備図面や過去の保全記録などをグラフ構造で表現するデータモデル(ナレッジグラフ)として取り込んでおり、多言語対応で海外拠点でも利用できるとされています。今後は過去の故障履歴だけでなく設備の制御についてもAIエージェントに対応してほしいという声が上がっているという内容です(参考:ダイキン工業・日立製作所「ダイキンと日立が協創、工場の設備故障診断を支援するAIエージェントの実用化に向けた試験運用を開始」2025年4月22日)。

2つの事例に共通しているのは、参照データが自社の蓄積であることです。作業映像、設備図面、過去の保全記録。いずれも他社が持っていない資産であり、ここに技能継承という経営課題が接続しています。

システム開発そのものはどう変わっているか

同白書は、システム開発におけるAI活用としてNTTデータと伊藤忠テクノソリューションズの事例を挙げています。NTTデータはシステム開発の工程そのものをAI中心に変革する「AIネーティブ開発」に取り組むとされており、AIが顧客企業の要望を分析して要件定義書を作成すると別のAIがプログラミングに取り組むことで全体の開発工程を減らせるという内容です。人間のIT技術者はAIが作成したプログラムの点検や工程全体の管理に特化し、動作不良や改善点があればAIに指示を出して修正をさせるとされています。

伊藤忠テクノソリューションズは、システム開発の要件定義において顧客との会話に基づく業務フローの生成、改善の提案、書類の作成までAIが支援する「Acsim」を提供しています。AIスタートアップの株式会社ROUTE06が開発したシステムであり、これを活用することで従来1か月以上かかっていた要件定義のプロトタイピングを1時間に短縮できるとされています。効果測定も自動で作成でき、開発稟議をスムーズに進めることにも貢献できるという内容です(参考:伊藤忠テクノソリューションズ「AIで要件定義を支援する「Acsim」の提供を開始」2025年12月24日伊藤忠テクノソリューションズ「Acsim」)。

発注側の視点で読むと、この2つは自社の外注先が変わることを示しています。要件定義の工程がAI支援で短縮されるなら、発注側が用意すべき情報の質と粒度が問われる度合いが上がります。

マーケティング・顧客接点ではどう使われているか?

この領域は、BtoB企業の営業・マーケティング部門が最も参照しやすい事例が揃っています。ただし紹介されている企業の多くが広告・保険・小売であるため、自社に当てはめる際は業務の構造を見て読み替える必要があります。

電通とサイバーエージェントは何を自動化したか

同白書によると、電通はカスタマージャーニーの作成や、アートディレクターの思考を学んだAIによるコンテンツ生成ツール等、マーケティングの幅広い業務にAIを開発・導入しているとされています。ユーザーとのやりとりを通じて自律的に最適な答えを導き出す「統合マーケティングAIエージェント」の開発にも取り組み、各業務に特化したAIを活用したマーケティングの「AIネイティブ化」を構想しているという内容です。また市場調査については、1億人規模の仮想ペルソナを再現するAIモデル「People Model」を開発し、時間の制約を受けずにインタビューやアンケート調査を実施できるほか、調査対象者の確保が難しい属性についてもインタビューが可能になるとされています(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|マーケティング」電通「AI For Growth」)。

サイバーエージェントは、インターネット広告において膨大な量の制作物を制作・配信・運用するに当たって生成AIの活用は不可欠とし、生成AIを用いた広告プロダクト「極予測シリーズ」を開発しています。効果的な広告テキストや画像を予測・自動生成し、既存の制作物を上回る広告効果をもたらすものを納品・配信する仕組みで、静止画生成の自動化だけでなく動画広告についても自動化に取り組み、AIによる完全自動の広告生成を2026年中に実現することを目指すとされています。あわせて広告主が指定したルールに基づきAIによる審査を行う「審査AI」も提供しています(参考:サイバーエージェント「AIクリエイティブ」)。

BtoB企業への含意は、制作物の量が多い業務ほど自動化の効果が出るという点にあります。逆に、案件ごとに個別性が高いBtoBの提案書のような業務では、同じ構造は成立しません。生成AIをコンテンツ制作に組み込む設計はAI × CRM連携とは何か?HubSpotでAIを業務に組み込む設計パターン完全ガイドで扱っています。

明治安田生命のデジタル秘書は何を目指しているか

同白書によると、明治安田生命はAIを活用した「デジタル秘書」をほぼ全従業員に提供してAIによる面談記録の作成やデータ蓄積の支援を行っており、今後、AIエージェントが過去の面談情報や社内情報を参照して自律的に次の提案内容の検討や提案書の作成を行う等の支援を構想として考えているとされています。こうした取組を通じた業務の効率化・高度化によって創出した余力を、顧客サービスの向上にシフトしていくという内容です(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|顧客との接点」明治安田生命「DX戦略の推進」)。

この事例は、BtoB営業に最も近い構造を持っています。面談記録の作成という時短から始め、その記録を参照して次の提案を作るという段階に進む設計です。記録が個人のメモに残るのではなく参照可能な形で蓄積されている点が、次段階の前提になっています。営業組織でのエージェント活用の設計は営業組織でのAgent Hub活用|リード対応から商談化までの自動化設計で扱っています。

イオンは店舗とグループデータで何をしているか

同白書によると、イオンは実店舗における取組として従業員向けにマニュアル等を学習させたAIを搭載した端末「AIアシスタント」を開発し、一部の店舗で導入しています。免税対応、商品の配送、落とし物の管理等、幅広い業務のマニュアルを学習しており、音声入力にも対応しているなど使いやすさの面でも現場の従業員から好評で、「黒子」として現場の業務の負担を軽減しているという内容です(参考:イオンリテール「次世代型“従業員マニュアル”生成AIを活用した「AIアシスタント」を実装」)。

あわせてイオングループでは、金融や保険などを含む約300のグループ会社の顧客データの統合を進めつつ、自社でAIエージェントの開発にも着手しており、今後の構想として顧客一人一人に応じた購買の提案や、購買の前提となる献立の提案を行うことなどを考えているとされています。同白書の別の箇所では、幅広い業態で蓄積された膨大な顧客データの活用に向け、複数のAIエージェントが連携するマルチエージェントシステムを内製により開発中であるとも記述されています。

顧客対応の自動化では、ソフトバンクの子会社であるGen-AXの「X-Ghost」も挙げられています。24時間365日の音声問合せ対応が可能で、AIオペレーターによって自然な音声対話を実現しているだけでなく、システムの照会や登録処理といった作業にも対応しています。現在は顧客とのやりとりを行うオペレーターAIと、発話やシステムの挙動をリアルタイムで監視・制御するモニタリングAIの連携によるサービスを提供しており、今後は複数のAIエージェントが連携し、顧客の問合せにより最適化された対話の実現や音声を起点としたマルチモーダルへの拡張を目指しているとされています(参考:Gen-AX「X-Ghost」)。

経営・コーポレート業務ではどう使われているか?

この領域は事例数が少ない代わりに、経営層への説明で引用しやすい取組が含まれています。意思決定そのものを支援する事例が現れている点が特徴です。

キリンホールディングスのAI役員「CoreMate」とは何か

同白書によると、キリンホールディングスは過去10年分の取締役会・グループ経営戦略会議の議事録データ、社内データ、外部の最新情報を読み込ませ、財務・マーケティングなど異なる役割を持たせたAI役員「CoreMate」を開発したとされています。CoreMateは経営戦略会議で付議を行う予定の起案者が事前の壁打ちに活用することで、多様な経営視点を取り込み、資料作成の精度も向上する等、生産性の向上に寄与するという内容です(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|経営・コーポレート業務」キリンホールディングス「「KIRIN Digital Vision2035」に基づき、AI役員を導入」2025年8月4日)。

キリングループの経営知見に加え外部の専門知識も継続的にアップデートしており、それらのデータと経営会議の会議中の発言から抽出された論点や意見を経営陣に提示できるため、変化の激しい外部環境に対応しながらイノベーション創出につながる意思決定を加速することが期待されるとされています。

この事例で参照されているのは過去10年分の議事録です。会議の記録が構造化されて残っていなければ成立しない取組であり、記録の蓄積が資産として機能した例と言えます。

コーポレート業務はどこまで自動化されたか

同白書は経理・財務領域の事例としてラクスを挙げています。ユーザーがスマートフォンのアプリ上で領収書を選択するだけで、AIエージェントにより最適な精算データの自動作成、関連する事前申請やクレジットカード明細の紐づけ、勘定科目等の入力も自動化できる経費精算システム・サービスを提供しているとされています。作成された申請の内容については社内ルールに沿っているかをチェックする機能を活用して確認でき、申請作業の時間短縮や業務負荷の大幅な軽減に寄与するという内容です(参考:ラクス「ラクス、経費精算をAIが自動で作成する「楽楽AIエージェント for 楽楽精算」β版を提供開始」)。

この類型は、判断基準が社内ルールとして明文化されている業務です。ルールが文書として存在するため、AIに参照させる対象がはっきりしています。自社でコーポレート業務から着手する場合、ルールが明文化されている業務を先に選ぶと再現性が高くなります。

成果が出た組織と止まった組織の分岐点はどこか?

ここが本稿の中心です。事例の一覧は自社の可能性を示しますが、実行できるかどうかは別の要因で決まります。同白書の個別ヒアリングには、その要因が具体的に記述されています。

中外製薬が挙げる「経営層のコミットメント」とは何を指すか

同白書によると、中外製薬はAI活用を比較的順調に進めることができている理由の一つとして、経営層の強力なコミットメントに支えられていることが大きいとしています。経営層が「競争環境のなかでいつディスラプト(淘汰)されるかわからない」との危機意識を持っており、その危機意識の下でAIを使わないことこそがリスクと捉え、経営層が積極的にAIに取り組む姿勢を明確に示しているという内容です(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|中外製薬の事例」)。

コミットメントの中身も具体的です。同社は2020年に策定した全社の経営戦略「TOP I 2030」において2030年までの成長戦略の最も重要なキードライバーの一つにDXを定め、これに基づきデジタル戦略「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を策定しています。さらに2025年には、急速に進化するAIに対応し戦略の実行スピードを向上させるためにAIにフォーカスしたビジョン「Chugai AI Strategy」を定めたとされています。策定の狙いは、成長戦略に基づきAIがどう使われるべきか、AIをどう位置付けるのかを改めて経営層から明確なメッセージとして打ち出すことだったという内容です。

つまりコミットメントは、精神論ではなく文書と体制として現れています。「AI活用を推進する」という号令ではなく、成長戦略のどこに位置づけるかが明文化されているかどうかが分岐点です。

組織体制はどう作られているか

同白書によると、中外製薬はAI活用を含めデジタル戦略の推進に当たり、事業部門とDX部門それぞれの専門性を持ち寄った上での共創がポイントと考え、DX部門における組織体制を縦割りから横割り組織(戦略企画機能と戦略推進機能)に再編した上で、事業部門との接点を戦略企画機能に集約したとされています。これにより一貫した戦略に基づき事業部門のニーズを集約して共創による価値創出の加速が可能になったという内容です。

さらに2025年には、事業部門ごとの個別ニーズに対応できる体制を構築するためDX部門の中に「ビジネスアーキテクトグループ」を新たに立ち上げ、事業部門・部署によって異なる要件・ニーズと最新の技術のブリッジを推進しているとされています。技術的な環境整備としては2024年から、常に各社の最新のAIツールを使える環境(AIプラットフォーム)を社内に提供しており、そこではコスト管理、ガバナンス管理、セキュリティガイドライン等の運用面のほか、AIツールの利用状況に基づくパフォーマンス管理、各部署のAI関連予算管理も含めた包括的な管理が行われているという内容です。

浸透の実績も示されています。「AI Everyday」の段階として約7,800名の社員向けに内製開発した生成AIアプリ「Chugai AI Assistant」は平均約5,400人のユニークユーザーがいるとされています。人材育成では「Chugai Digital Academy」を設立し、全社員が参加可能なボトムアップ型のアイデア創出プログラム「Digital Innovation Lab(DIL)」も実施しています。DILは事業部門側からのニーズを踏まえてDX部門の予算でPoCまで実施できる仕組みで、採択においてはROIを問わず、先進性・拡張性・将来性等のビジネスに与えるインパクトの可能性で判断するとしていたという内容です。

ガバナンスについては、同社は個人作業の効率化とは異なり人間とAIの役割分担について十分に検討した上でガバナンスに基づきAIを活用するべきであると考え、人間の判断や確認を適切に介在させる「ヒューマン・イン・ザ・ループ」を重視してビジネスプロセスの再設計に取り組むことが必要であるとしています。

中小企業の事例からは何が読み取れるか

対照的な事例として、同白書は中小企業のアイニコグループを取り上げています。奈良県や京都府南部を中心に注文住宅、リフォーム、介護、保育、DXコンサルティング等を手がける企業で、経営者自身が生成AIを壁打ちに活用し始めた際に「AIの登場はクラウドコンピューティング登場時以上の衝撃であり、AI前提の働き方に変えなければ会社の将来はない」という認識に至り、すぐに社内での活用推進を指示したとされています(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|アイニコグループの事例」)。

進め方が具体的に記述されています。専門の支援業者とも連携の上、まず全社員向けに勉強会を開催し、業務に直結する内容というより親しみやすい物語を題材にAIとやりとりすることを体験させました。その後、本格的なAI活用プロジェクトを1年間集中的に実施し、AI活用に挑戦したい社員を各部署から募って全10事業部から2名程度、計21名が参加。各事業部の課題認識を起点にAIで解決したい課題と目標を設定し、週1回1時間程度の勉強会で進捗確認や専門家によるアドバイスを実施するとともに、3か月・6か月・12か月のマイルストーンを設定して成果共有の機会を設けたという内容です。

成果は数字で報告されています。12か月目の最終報告会では、全10事業部の合計で年間2,247時間分の業務時間削減につながったとされています。内訳として、複数の社内業務を自動化し年間880時間の削減(広報部門)、利用者の送迎ルートの最適化システム作成等で年間170時間の削減(介護事業部門)、問合せ対応のテンプレート化・自動化で年間897時間の削減(不動産事業部門)が含まれるという内容です。

同白書は成果につながった要因も記述しています。同社では業務スキルの属人化を防ぐ観点から業務フロー整備やタスクリスト・チェックシート整備、業務手順の動画化等に取り組む習慣が根付いており、こうした仕組み化による業務プロセスの効率化・改善が定着している社内風土・文化がAIツール活用においても有効であったように感じるという内容です。また専門家による支援は「その課題はAIで解決すべきかどうか」といった課題設定時における判断と、「このやり方ではうまくいかない」といったプロジェクト始動後における個別の相談の局面で特に有効であったとされています。

15の事例から見える5つのパターン

ここまでの事例を横断して読むと、成果につながっている取組には共通する型があります。自社の企画がどの型に当てはまるかを確認すると、必要な前提条件が特定できます。

# パターン 該当する事例 成立の前提条件
1 自社固有の蓄積を参照させる パナソニックHD(シミュレーション技術)、ダイキン工業(設備図面・保全記録)、キリンHD(過去10年分の議事録) 他社が持たないデータが構造化されて残っていること
2 属人化した判断を継承する ダイキン工業(熟練工の点検判断)、明治安田生命(面談情報からの提案) 暗黙知を記録に落とす工程を許容すること
3 データ基盤を先に置いてから複数エージェントを載せる ロート製薬(CPS)、イオン(約300社の顧客データ統合) リアルタイムに状態を把握する基盤への先行投資
4 量の多い定型業務を自動化する サイバーエージェント(広告制作物)、ラクス(経費精算)、伊藤忠テクノソリューションズ(要件定義の書類) 判断基準がルールとして明文化されていること
5 現場起点で小さく回し、成果を数字で持ち帰る アイニコグループ(21名・年間2,247時間)、中外製薬のDIL、日清食品グループ マイルストーンと効果測定を最初から設計すること

5つのうち自社で最も再現しやすいのはパターン5です。前提条件が組織の設計だけで整い、データ基盤への先行投資を必要としません。逆にパターン1と3は、参照するデータの整備状況が成否を決めるため、着手前の調査工程が必要になります。

そして、どのパターンでも共通して必要なのが効果測定の設計です。Gartnerは2026年4月の発表で、AI施策が成功していると回答した組織は、データ品質・ガバナンス・AI-Ready人材・チェンジマネジメントといった基盤領域に成果が乏しい組織と比べて売上比で最大4倍を投資していたと報告しています。またAI-Readyなデータ・アナリティクス能力の成熟度が最も高い組織は最大65%高いビジネス成果を達成しているとされています(参考:Gartner「Organizations with Successful AI Initiatives Invest Up to Four Times More in Data and Analytics Foundations」2026年4月16日)。

事例を自社に当てはめるときの注意点は何か

最後に、事例を稟議に引用する際の留意点を整理します。事例は説得材料になりますが、扱い方を誤ると社内で反論の材料になります。

効果の数字はどう読むか

本稿で挙げた数字のうち、計算速度が従来の7倍(パナソニックHD)、要件定義のプロトタイピングが1か月以上から1時間(伊藤忠テクノソリューションズ)、年間2,247時間削減(アイニコグループ)はいずれも各社の公表または白書の記述に基づくものです。ただし前提となる業務量や体制は各社固有であり、自社での再現を保証するものではありません。

稟議で引用する際は、数字をそのまま自社の見込みとして書かず、パターンの妥当性を示す根拠として使うことをおすすめします。自社の見込みは、自社の対象業務の件数と処理時間を測って算出します。この測定を着手前に行っていないと、効果を差分で示せなくなります。

止まるプロジェクトはなぜ止まるのか

Gartnerは2025年6月の発表で、エージェント型AIプロジェクトの40%以上が2027年末までに中止されると予測し、その理由としてコストの増大、ビジネス価値の不明確さ、不十分なリスク管理の3点を挙げています。同発表は、現在のプロジェクトの多くが初期段階の実験やPoCであり、ハイプに駆動され、しばしば誤って適用されているとも指摘しています(参考:Gartner「Gartner Predicts Over 40% of Agentic AI Projects Will Be Canceled by End of 2027」2025年6月25日)。

本稿の事例と照らすと、成果を出している組織はこの3点に先に手を打っています。中外製薬は成長戦略への位置づけとAIプラットフォームでのコスト管理、アイニコグループはマイルストーンと効果測定、ロート製薬とイオンはデータ基盤。いずれも実装より前の工程に投資しています。

ガバナンスは何を先に決めるか

同白書によると、日本ではリスク対策として「全社的な指針やガイドラインを整備している」と回答した割合が41.1%と最も高かった一方、他の3か国では「製品・サービスの企画・導入段階で、専門的な審査体制がある」や「製品・サービス導入後、定期的な評価・検証が行われている」と回答した割合が日本に比べて高い傾向が見られました(参考:総務省「令和8年版 情報通信白書|懸念されるリスク及びリスク対策のための取組状況」)。

中外製薬の事例でも、生成AIが登場する以前の機械学習の時代からAIアルゴリズムをリスク評価によってカテゴライズし管理してきたことが記述されています。その後、生成AIの活用が進み利用の裾野も広がっていることを踏まえ、利用ポリシーやガイドライン、評価スキームの整備を継続的に実施しているという内容です。ガイドラインの整備で終わらせず、評価スキームまで設計している点が要点です。準拠すべき枠組みは総務省・経済産業省のAI事業者ガイドライン(第1.1版、2025年3月28日)です(参考:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」2025年3月28日)。

よくある質問(FAQ)

自社と同じ業種の事例が見つかりません。どうすればよいですか?

業種ではなく業務の構造で探してください。本稿の5パターンのうち、自社の対象業務がどれに当てはまるかを判断すると、業種が違っても参照できます。たとえば代理店経由の営業なら、ダイキン工業の技能継承(パターン2)とイオンのマニュアル参照(パターン4)の組み合わせが構造的に近くなります。

白書に載っている事例は大企業ばかりで、自部門の規模では参考になりません。

アイニコグループの事例は中小企業の取組として記述されており、進め方が具体的です。全10事業部から2名程度・計21名で1年間、週1回1時間程度の勉強会、3か月・6か月・12か月のマイルストーン、最終報告会という設計です。事業部単位で始める場合、この規模感が参照しやすくなります。

「AI役員」のような取組は、自社の取締役会で反発されそうです。

キリンホールディングスのCoreMateは、起案者が経営戦略会議での付議に向けた事前の壁打ちに活用する使い方として記述されています。意思決定を置き換えるのではなく、起案の品質を上げる用途です。この位置づけを明示すると議論の前提が変わります。

効果測定を始めるタイミングはいつですか?

着手を決めた直後、実装の前です。対象業務の件数と1件あたりの所要時間を2週間分記録するだけで足ります。すでに着手してしまった場合は、AIを使わない群を一部残して比較する方法が取れます。アイニコグループが3か月・6か月・12か月のマイルストーンで成果共有の機会を設けていたのは、この測定があったからこそ成立する設計です。

複数のAIエージェントを連携させる構成から始めるべきですか?

本稿の事例では、ロート製薬とイオンが複数エージェントの連携に取り組んでいますが、いずれもデータ基盤の整備と並行しています。基盤がない状態で連携構成から始めると、判断の材料が揃わないまま複雑性だけが増えます。単一の用途から始めて基盤を整える順序が実務的です。

支援会社は入れたほうがよいですか?

アイニコグループの事例では、専門家による支援が「その課題はAIで解決すべきかどうか」という課題設定時の判断と、「このやり方ではうまくいかない」というプロジェクト始動後の個別相談の局面で特に有効であったと記述されています。実装の代行ではなく、判断の局面で効いているという整理です。選定の基準は別稿で扱っています。

事例の数字を稟議にそのまま書いてよいですか?

推奨しません。各社の数字は前提となる業務量・体制・データ整備状況が固有であり、自社での再現を保証しません。稟議には自社の対象業務の件数と処理時間から算出した見込みを書き、事例はパターンの妥当性を示す根拠として併記する形が通りやすくなります。

社内のAI利用率が上がりません。どうすればよいですか?

中外製薬では約7,800名の社員向けに内製開発した生成AIアプリで平均約5,400人のユニークユーザーがいると記述されており、あわせてChugai Digital Academyやボトムアップ型のDILといった仕組みが挙げられています。日清食品グループの例では、部門ごとに対象業務を選定してプロンプトのひな形を作成し、効果測定の取組を少しずつ社内展開した結果、利用率が7割超に到達したとされています。ツールの提供だけでは上がらず、ひな形と効果測定を伴う展開が共通しています。

まとめ:事例は可能性を示すが、前提条件が実行可能性を決める

総務省の令和8年版情報通信白書に整理された事例を横断すると、成果につながっている取組は5つのパターンに収まります。自社固有の蓄積を参照させる、属人化した判断を継承する、データ基盤を先に置いて複数エージェントを載せる、量の多い定型業務を自動化する、現場起点で小さく回して数字を持ち帰る。

そして成果が出た組織と止まった組織を分けているのは、技術の選択ではなく実装より前の工程です。中外製薬は成長戦略への位置づけを文書で明示し、DX部門を横割りに再編し、AIプラットフォームでコストとガバナンスを一括管理していました。アイニコグループは仕組み化の文化を土台に、マイルストーンと効果測定を最初から設計していました。

自社で企画を立てる際は、事例の数字を借りるのではなく、5つのパターンのどれを狙うかを決め、そのパターンの前提条件が自社で揃っているかを確認してください。揃っていない前提条件が、着手前に必要な工程です。

株式会社100は、世界上位1%・日本唯一のHubSpot認定エリートパートナーとして、CRMを軸にしたAI導入の設計を支援しています。対象業務の棚卸しから参照データの整備、効果測定の設計、成果単位でのコスト見積までを一つの工程として扱っています。自社の対象業務がどのパターンに当てはまるかの整理からご相談いただけます。

田村 慶

2005年に札幌で株式会社24-7をWeb制作会社として創業、2012年からHubSpotの販売を開始。2016年にAPAC初となるダイヤモンドパートナーに昇格し、翌年にはHubSpotパートナー・オブ・ザ・イヤー(アジア地区)を受賞。2018年に24-7社の代表取締役を退任し、新たに株式会社100を創業。2019年6月からHubSpot認定パートナーに登録し、HubSpotビジネスを再開。現在は、HubSpotエリートパートナーやHubSpotユーザーグループの主催者として、HubSpotパートナー複数社へのコンサルティングと実行支援、HubSpotの導入企業のビジネス促進を中心に『HubSpot好き』を増やすための活動をしています。 2020年:HubSpot ルーキー・オブ・ザ・イヤー受賞(APAC地区) 2021年:HubSpot パートナー・オブ・ザ・イヤー受賞(日本) 2023年:アジアで初めてHubSpot「Elite Partner(当時)」として認定

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