
「AIが人間の仕事を奪う」という議論が広がる一方で、AIと人間の関係性をより現実的かつ建設的に捉え直す動きも進んでいます。マッキンゼー・グローバル・インスティテュート(MGI)は、2025年11月25日に重要なレポートを発表しました。タイトルは『Agents, robots, and us: Skill partnerships in the age of AI(エージェント、ロボット、そして私たち:AI時代のスキル・パートナーシップ)』。
このレポートが提示するのは、AIによる「代替」ではなく、人間・AIエージェント・ロボットによる「協働」という新たなパラダイムです。本記事では、このレポートが示す、これからのビジネスパーソンに求められる戦略的視点を解説します。
1. 「57%の自動化可能性」が意味する真実
レポートによれば、現在の技術水準で米国の労働時間の約57%が理論上、自動化可能であるとされています。しかし、マッキンゼーはこれを「失業の予測」ではないと断言しています。
- 自動化の内訳: デジタル上の業務(AIエージェント)が44%、物理的な業務(ロボット)が13%。
- 導入のタイムラグ: 2006年に登場したクラウドが、2023年時点でも5社に1社程度しかフル活用されていないのと同様、技術的可能性と実際の社会実装には大きな隔たりがあります。
重要なのは、職が消えるかどうかではなく、「今の仕事の中身が、どの単位で再構成されるのか」を見極めることです。自動化率の数字は、その変化の大きさを示す指標として捉える必要があります。
2. スキルは「消滅」せず「転換」する
最も注目すべき発見は、現在必要とされているスキルの70%以上が、将来も「自動化されるタスク」と「人間が担うタスク」の両方で使われ続けるという点です。
- 「使い方の変化」の例:
- ライティング: 一から執筆するのではなく、AIの草案を編集・校閲する。
- リサーチ: データを収集するのではなく、AIの分析結果から戦略を意思決定する。
スキル変化指数(Skill Change Index)
レポートでは、各スキルの性質を以下の3つのカテゴリーに分類しています。
- 人間中心(変化小): コーチング、リーダーシップ、交渉、メンタリング
- AI主導(変化大): データ入力、財務処理、機器制御、特定のプログラミング
- 協働領域(重要): コミュニケーション、品質保証、問題解決
特に、人間とAIが交差する「協働領域」のスキルをどう磨くかが、今後のキャリアの分水嶺となります。つまり問われているのは、新しいスキルを一から獲得できるかではなく、既存スキルをAI前提で再定義できるかという点です。
3. 「AI Fluency(AI活用能力)」の需要が2年で7倍に
今、労働市場で起きているのは、エンジニアのような「AIを作るスキル」よりも、「AIを使いこなす能力(AI Fluency)」への需要の爆発的増加です。
- 急成長する需要: AI Fluencyを求める職種は、2023年の約100万人から、2025年には700万人に達すると予測されています(2年間で約7倍)。
- 非IT部門への波及: この傾向はIT部門に限らず、金融、マーケティング、人事など全職種に共通しています。
企業が求めているのは、高度なプログラミング能力以上に「AIをパートナーとして成果を最大化できる人材」なのです。
4. 人間とテクノロジーの「7つの働き方アーキタイプ」
マッキンゼーは、AIエージェントやロボットの導入によって仕事がどう変わるのかを、職種単位ではなく「人とテクノロジーの関わり方」**という視点で整理しています。
その結果、人間・AIエージェント・ロボットの関係性は、7つの働き方のパターンに分類されました。
特筆すべきは、「人間が介在しない完全自動化」のパターンが想定されていない点です。
| アーキタイプ |
特徴 |
該当職種例 |
| 人間中心型 (33%) |
物理作業の半分以上を人間が担当 |
医療、メンテナンス |
| 人間+エージェント型 (20%) |
デジタルツールで人間の知能を強化 |
教師、エンジニア、金融 |
| エージェント中心型 (30%) |
認知タスクの多くをAIが担当 |
法務、事務管理 |
| 人間+ロボット型 (1%) |
機械が人間の力と精度を補助 |
建設、精密作業 |
| ロボット中心型 (8%) |
物理的作業が主 |
ドライバー、機械オペレーター |
| 三者協働型 (5%) |
人間+エージェント+ロボット |
輸送、農業、飲食 |
| デジタル指揮型 (2%) |
AIがロボットを制御、人間が監督 |
製造、物流 |
いかなるパターンにおいても、人間は「監督」「品質管理」「感情的価値の提供」という不可欠な役割を担い続けます。
5. 約430兆円の価値を生む「ワークフローの再設計」
AI投資を行っている企業の90%に対し、成果を上げているのは4割未満という現実があります。その差は、AIを単なる「ツールの追加」と考えているか、「プロセスの再設計(リデザイン)」と考えているかによります。
- 失敗例: 既存の業務にチャットボットを導入しただけで終わる。
- 成功例: 銀行の融資プロセス全体を再構築し、AIエージェントと人間がチームとして動くフローを構築する。
2030年までに創出されるとされる2.9兆ドル(約430兆円)の価値は、AIを導入した企業すべてに均等にもたらされるものではありません。ワークフロー全体を見直し、人とAIの役割分担を再設計できた企業だけが、この価値を現実の成果として享受できます。
6. 経営者・ビジネスリーダーへの「5つの問いかけ」
この変革を主導するために、リーダーは自社に対して以下の5つの問いを投げかける必要があります。
① 将来の価値のために事業を再構想しているか?
単なる「既存プロセスの効率化」に留まっていませんか?数年先を見据え、AI前提でビジネスモデルそのものを根本的に再設計する視点が求められています。
② AIを「事業変革」として捉えているか?
AI導入をIT部門に任せきりの「技術プロジェクト」にしていませんか?これはテクノロジーの話ではなく経営戦略です。経営層が直接コミットし、組織のあり方を変える決意が必要です。
③ 実験と学習の文化を構築しているか?
完璧な計画を待つのではなく、「小さく試して素早く学ぶ」組織になっていますか?失敗を許容し、現場からのフィードバックを即座に反映させる文化が、AI時代の競争力を生みます。
④ 信頼と安全を確保しているか?
AIの判断をどう監督し、バイアスをどう検証するか。説明責任を果たすための仕組み(ガバナンス)は整っていますか?信頼なきAI活用は、長期的なリスクになり得ます。
⑤ 従業員を「新しい役割」へ準備させているか?
自動化によって「空いた時間」をどう使わせるかまで描いていますか?浮いた時間を単なるコスト削減に充てるのではなく、人間ならではの「価値の高い仕事」への再配置とリスキリングを支援すべきです。
まとめ:スキル・パートナーシップの確立に向けて
レポートが導き出す結論は、AIとの向き合い方を「代替」から「パートナーシップ」へとシフトさせる重要性です。
これからのビジネスにおいては、「スキルの再定義」と「ワークフローの根本的再設計」の2点に焦点を当てることが、持続的な競争優位性を生む鍵となります。CRM(顧客関係管理)やHubSpotの活用においても、AIエージェントが定型業務を担い、人間が顧客との深い関係構築に集中する「パートナーシップ」の構築こそが、本来目指すべきDXの姿といえるでしょう。
本記事の要約版ポッドキャストエピソードを、以下よりご視聴いただけます。