「これはマーケティングの範囲で決めていいんですか、それともシステム部門の承認が必要ですか」。AI活用の会議で、この一言が出た瞬間に議論が止まる場面を、私は何度も見てきました。ツールの性能ではなく、決める人が決まっていないことで、話が前に進まなくなるのです。
8月に入ってGoogleのニュースを読みながら、これは規模の違う同じ話だと感じました。
Googleで何が起きたのか
2026年8月5日、GoogleとAlphabetのCEOであるSundar Pichai氏が、Google DeepMindの体制変更を社内向けに発表しました(Google公式ブログ)。共同創業者であるDemis Hassabis氏は、Google DeepMindの会長(Chair)とAlphabetの最高科学責任者(Chief Scientist)という役割に移り、日々の運営はKoray Kavukcuoglu氏が引き継ぐことになりました。同じ発表では、Geminiアプリの月間利用者が9.5億人を超えたことも明らかにされています。
その1週間後、Reutersが独自報道で、発表の裏側を伝えています(Reuters)。DeepMindの一部チームが、研究部門から製品部門であるcorporate Google側へ移管されたこと。共同創業者のSergey Brin氏が、今年4月の社内集会で主要なAI人材に対し、Geminiに全力を注ぐよう促していたこと。そしてKavukcuoglu氏が、DeepMindの重要な意思決定について最終的な権限を持つことを、Google広報が認めていること。加えて、社内テストでコーディング性能が競合に劣る結果が出たことを受け、次期フラッグシップのGeminiの投入を2か月遅らせたことも報じられています。
これは人事の話ではなく、権限の話
並べてみると、これは単なる人事異動ではないのだと思います。Hassabis氏が率いてきたDeepMindは、Googleの中でも研究の独立性が強い組織として知られてきました。その独立性を一部削り、製品であるGeminiを担う側に、人と意思決定の最終権限を寄せる。これが、今回の再編の実質だと私は見ています。
言い換えれば、「AI企業になる」というのは、AIツールを社内に導入することではなく、研究組織と製品組織のどちらが最終的にものを決めるのか、その境界線を引き直すことなのだと思います。Googleほどの会社でさえ、研究側の独立性を守り切ることより、Geminiという製品を速く前に進めることを優先した。そう読める判断です。
私たちの現場にも、同じ境界線がある
この話は、Googleだけの事情ではありません。CRMの運用やAIエージェントの導入で足が止まっている会社を見ていると、原因の多くはツール選定ではなく、この境界線が引かれていないことにあるのだと感じます。
営業企画が作ったAIの提案ロジックを、最終的に誰が承認するのか。マーケティングが試したいAI活用を、情報システム部門がどこまで止める権限を持つのか。現場と管理部門のどちらが「これでいく」と言えるのか。ここが曖昧なままだと、どれだけ良いツールを選んでも、稟議と確認の往復に時間を使い続けることになります。
Googleの場合は、その最終権限をKavukcuoglu氏に一本化することで、決める速さを取りにいきました。すべての会社が同じ答えを選ぶ必要はありませんが、少なくとも「誰が最終的に決めるのか」を言葉にしておくことは、AI活用を前に進めるための、いちばん地味で、いちばん効く準備なのではないでしょうか。
まだ答えの出ていない代償
ただ、今回の判断を無条件に良い判断だったと言うつもりはありません。研究の独立性を削ることには、当然代償があります。じっくり時間をかけて基礎研究に向き合ってきた人たちに、製品の速度に合わせることを求めれば、そこに窮屈さを感じる人が出てくるのは自然なことです。Brin氏が主要なAI人材にGeminiへ全力を注ぐよう促した、というReutersの報道は、その圧力の一端を示しているのだと思います。
優秀な研究者ほど、自分の裁量が狭まったと感じれば、他の選択肢を検討する余地を持っています。今回の再編がその意味でどんな結果を生むのか、まだ答えは出ていません。決める速さを取ることと、決める人に依存しすぎないことは、両立が難しい場合もあるのだと思います。
自分たちの組織に置き換えてみる
今週、時間が取れたら、自分の会社やチームで一度確認してみてほしいことがあります。
AI活用に関わる意思決定は、いま誰が最終的に決めているでしょうか。決める人が決まっていないまま、会議だけが繰り返されている領域はないでしょうか。もしその権限を一人か一つの部署に寄せるとしたら、誰に寄せるのが自然でしょうか。
Googleのように大きな組織再編をする必要はありません。ただ、決める人を決める、という地味な作業をどこかで一度やっておくと、その先のAI活用の速度は、ツールを増やすよりもずっと変わってくるのだと思います。