「Lovableで本番運用できるアプリが作れる」という説明は、もう疑われていません。それでも導入が決まらないのは、別の問いに答えられていないからです。それで、具体的に何を作ったのか。
日本語でLovableの事例を探すと、個人が週末に作ったプロトタイプの紹介記事しか出てきません。従業員1,000名規模の企業が、どの部署の、どの業務に、どんな名前のアプリを作り、いくらの契約を止めたのか。稟議に載せられる粒度の情報が見つかりません。
一方、Lovable公式サイトの顧客事例では、アプリ単位・役職単位の情報が公開されています。この記事では主要9社について、作ったアプリの名前と機能、作った人の役職、期間、削減額を1つずつ整理します。そのうえで、シリーズB・シリーズCの公式発表に登場する6社を補足し、日本企業でどの領域から成立するのかを、私たちが実際に支援している順序で示します。
先に断っておくべき点が2つあります。1つは、以下の数値はいずれもLovableが公開している顧客申告値であり、第三者による監査を経たものではないことです。もう1つは、日本企業の事例をこの記事で実名紹介できていないことです。私たちが支援している案件はありますが、公開には顧客の許諾が必要で、現時点で許諾を得られているものがありません。この点は事実として明示しておきます。
目次
細部に入る前に、全体を1枚で押さえます。ここで見るべきは削減額の大きさではありません。「作った人」の欄です。CFO、COO、VP of IT、経理担当、資格管理担当、CRO——エンジニアの職名がほとんど出てきません。この点が、従来の内製化の議論と最も大きく違う部分です。
| 企業 | 規模 | 作ったアプリの数と代表例 | 公開されている成果 |
|---|---|---|---|
| eXp Realty | エージェント83,000名/26か国 | 26か国の国別サイト、社内基盤「The Hub」、独自AIチャットボット、人事ツール | 年間200万ドル超の削減、サポートチケット85%減 |
| The Scion Group | 160物件超/学生約105,000名/従業員2,000名超 | 4か月で100本超(物件点検、財務ダッシュボード、サイト監査ほか) | 初回1本で3.5万ドル削減、100万ドル超のSaaS契約を廃止対象に |
| Atonom | 25〜30名(AIスタートアップ) | 独自CRM、財務ダッシュボード、マーケ管理ツール | CRM費用が年4万ドル→1,200ドル |
| Nursa | 施設5,000超/看護師50万人/従業員200名超 | 新プロダクト「Nursa Study」、資格確認ツール、財務ツール5種、基幹再構築 | 再構築が従来比12倍速、SaaS 10システムを廃止対象に |
| Productiv | 従業員1,200名/米国12拠点(3PL物流) | ProDocks、ProPallets、ProQuality、ProVantage | 年10万ドル超の削減、検査時間が1時間→2分 |
| AppDirect | 数百万サブスクライバー(B2Bコマース) | 全社80本超(BOXサイト、イベント管理、面接評価ほか) | 2案件で初年度12万ドル超の削減 |
| Sentry | 2012年創業(開発者ツール) | ROI計算ツール、営業ダッシュボード | 営業チーム全員が利用、構築は計2時間 |
| Delivery Hero | 70か国/50万店舗超 | ロイヤルティ特典の引き換えプロンプト(試作) | 機能の承認が66%高速化(3週間→1週間) |
| ElevenLabs | 音声AI | 業種別の営業デモ(映画会社、洗剤ブランド等) | デモ制作時間50%超削減、同じ時間で3〜4本 |
以下、用途の型ごとに3社ずつ詳しく見ていきます。
この型は成果が解約額という確定値で出るため、経営会議に最も通しやすい類型です。ただし置き換えの中身を見ると、「SaaSより内製が安い」という単純な話ではありません。止めているのは、機能の一部しか使っていない契約、座席数課金が組織の成長に比例して膨らむ契約、そして「ほぼ合うが完全には合わない」ために業務側が手作業で埋めていた契約です。
eXp Realtyは、26か国以上で83,000名のエージェントが所属する不動産仲介です。物理オフィスを持たない完全リモート運営で、ツールが業務基盤そのものになっています。作ったものは4系統に分かれます。

26か国の国別サイトとエージェント個別マイクロサイト。ローカライズされたマーケティングサイト、物件検索、CRM連携を含みます。作ったのはVP of International MarketingのSarah Hutchinson氏と国際マーケティングチームで、最初のペルー版は6時間で構築されました。従来はベンダーにエージェント1名あたり月11ドルを支払っており、これを撤廃。エージェント向けツールのサポートチケットは85%減少し、数百万ドル規模・複数年のベンダー案件を置き換えたとされています。
社内コミュニケーション基盤「The Hub」。エージェントの検索性、グループ単位のワークフロー、ニュースフィードを備え、Slackと併用する形で運用されています。構築したのは創業者のGlenn Sanford氏本人で、マイアミの年次カンファレンスで発表されました。座席課金で年間約100万ドルを削減。Chief Innovation OfficerのSeth Siegler氏は「The Hubは私たちが私たち自身のために作ったものだから、SaaSベンダーには決して提供できない独自の機能が手に入る」と述べています。
独自のAIチャットボットとワークフロー。OpenAIとGoogle GeminiのAPIを使い、ChatGPT Enterpriseで運用していたカスタムチャットボットを置き換え、座席課金で年間約100万ドルを削減しています。
人事部門の社内ツール。コンプライアンス要件を満たす運用ツールで、LovableとSupabaseの環境を他部門と分離して構築されています。この環境分離は、日本企業の情報システム部門の審査で必ず論点になる箇所です。私たちが人事・法務データを扱うアプリを設計する際も、同じ理由でプロジェクトとバックエンドを分けています。全社展開の設計で分離の基準を整理しています。
合計で年間200万ドル超の削減、社内サポートチケットは全社で70%以上減少。Sanford氏は「Lovableで何ができるかを見たとき、アイデアと実装のあいだの壁がついに消えたと気づいた」と述べています。
The Scion Groupは学生住宅運営の世界最大手で、80以上の大学の周辺で160物件超を運営し、約105,000名の学生に提供しています。従業員は2,000名超。9社のなかで最も展開の速度が速い事例です。

作られたアプリは、部署ごとに分散しています。
| アプリ | 機能 | 作った部署 |
|---|---|---|
| 物件点検ツール | 監査を自動化し、重大な問題を抽出して経営層にサマリを送信 | 不動産オペレーション |
| 業務委託管理システム | 季節雇用の契約手続きを、メール運用からチケット制へ | 人事 |
| 財務ダッシュボード | 肥大化したSaaSを置き換える独自の分析ツール | 財務 |
| サイト監査ツール | 150以上のコミュニティサイトを5つの基準で評価し、競合と比較 | マーケティング/オペレーション |
| ソーシャル分析ツール | 物件別の投稿パフォーマンスをスコア化し、競合と比較 | マーケティング |
| 物件パフォーマンスマップ | 要注意度に応じて物件を緑・黄・赤で色分けして可視化 | 分析 |
最初に作られた物件点検ツールは数日で完成し、これ1本で35,000ドルの削減になったとされています。4か月時点で24本が本番稼働、77本が開発中、週6本以上のペースで増加。合計100万ドル超のSaaS契約が廃止対象として特定されています。
COOのKenny Funk氏は「30秒で動く財務アプリが返ってきて、これは本物だと言った」「Lovableが何より変えたのは、情報から示唆までを即座に到達させたことだ」と述べています。VP of ITのBrian Doyle氏の発言は、内製化の設計を考えるうえでより重要です。「エンドユーザーになる人の手に開発を渡すと、必要なものがちょうど手に入る」「この2か月でLovableを使って解決した問題は、それまでの3年半より多い」。
後者は情報システム部門の責任者の発言です。3年半のあいだ解決できなかったのは能力の問題ではなく、優先順位付けの構造上、部門固有の小さな要望が順番待ちから抜け出せなかったためです。私たちが最初のアプリの候補を選ぶとき、この「順番待ちで放置されている要望」を探します。
Atonomは25〜30名のAIスタートアップで、電話・メール・SMS・チャットを横断する営業開発とカスタマーサポートのAIエージェントを提供しています。9社のなかで、営業の基幹に最も近いCRMそのものを置き換えた事例です。

作られたCRMは、リード獲得・追跡・流入元の分類、アカウントと商談の作成、ARR/MRRの管理、確度の重み付け、パイプラインレビュー、営業ダッシュボード、レポートまでを含みます。構築したのはHead of Finance & LegalのJason氏で、動くプロトタイプまで3時間。同氏は財務ダッシュボード(契約収益のモデリング、予算管理、予測、役員向けダッシュボード)も作り、次はスプレッドシートで運用しているマーケティングのプロジェクト管理ツールを予定しています。
CRM費用は年40,000ドルから1,200ドルへ。CRM管理者の専任ポストも不要になりました。営業チームは業務時間の80%をこのCRM上で過ごしているとされています。CROのGabe Larsen氏は「25〜30人で年4万ドル。必要な機能に対してこれはおかしいと思った」と述べています。
この事例は、そのまま日本の大企業に当てはめてはいけません。25〜30名の組織でCRMを自作すると、権限設計・監査ログ・部門横断のデータ整合という要件が発生しないか、極小で済みます。1,000名規模でCRMを自作すると、この3つが主要な工数になります。私たちがHubSpotの導入を支援する立場から言えば、置き換えが成立するのは「機能の一部だけを使っている契約」であって、収益プロセスの記録そのものではありません。Lovableの適所は、CRMを置き換えることよりも、CRMのデータを部門固有の画面にすることです。接続方式はLovableとHubSpotの連携で整理しています。
この型が、日本企業にとって最も参考になります。共通しているのは、作っているのが「その業務の当事者」であり、要件を人から聞き取る工程が存在しないことです。3社とも、部署ごとに独立してアプリが増えています。
Nursaは2019年創業の医療人材プラットフォームで、5,000以上の医療施設と50万人の看護師・介護者を接続しています。公式事例には、誰が何を作ったかが役職単位で記載されています。

| 作った人(役職) | 作ったもの | 期間・成果 |
|---|---|---|
| Nenad Ivanovic(VP of Product) | 新プロダクト「Nursa Study」のMVP。看護学生と大学向けに、対話型シフトスケジューラ、学生ポータル、管理ダッシュボード、資格管理を実装 | 週末1回で完成。収益に貢献する新規プロダクトラインになった |
| Ryan Moyes(資格・コンプライアンス担当) | 資格確認ツール | 「以前の世界なら6か月・50万ドルの仕事だった」との社内評価 |
| Josh Richards(財務・経理担当) | 財務系ツール5種 | 有料サブスクリプション2件を置き換え |
| Curtis Anderson(CEO) | 外部向けの新プロダクト(構築中) | — |
| 開発チーム | 7年運用してきた基幹プラットフォームの再構築 | 7か月で完了(従来比12倍速) |
全社200名超が作れる状態にあり、SaaS 10システムが廃止対象として特定されています。VP of ProductのIvanovic氏は「これはもうバイブコーディングではない。ソフトウェアエンジニアリングだ」と述べ、あわせて「クライアントから『御社のチームは優秀だ、どうしてこんなに早くフィードバックに対応できたのか』と言われ続けた」と語っています。CEOのAnderson氏の「制約はもはやリソースではなく、想像力だ」という発言が公式事例の見出しに使われています。
この事例で最も重要な数字は、12倍でも週末1回でもなく「6か月・50万ドル」です。資格確認ツールに6か月と50万ドルの予算が付くことは、実際にはありませんでした。予算が付かないから存在しなかった業務ツールが、存在するようになる。成果の出方は「開発が速くなる」ではなく「これまで作られなかったものが作られる」であり、私たちが最初の候補を選ぶ基準もここにあります。内製と外注の判断基準で線の引き方を整理しています。
Productivは20年以上の実績を持つ3PL(物流受託)で、従業員1,200名、米国12拠点。大手小売向けに倉庫から店舗までの流通を担っています。9社のなかで、日本の中堅・大手製造業や物流業に構造が最も近い事例です。作られたのは製品名を持つ4つのアプリで、いずれもCFOのPaul Baker氏と倉庫オペレーション責任者のRaj Vangala氏が中心です。

| アプリ | 機能 | 成果 |
|---|---|---|
| ProDocks | トラックバースの予約・スケジューリング | 10日で構築。年36,000ドルのソフトウェア費用を撤廃。90日で外部向け製品としても提供を開始し、数十社が利用 |
| ProPallets | Walmart・Target・Best Buyの小売コンプライアンス対応を自動化 | コンプライアンス担当を16名から4名へ。紙ベースの手作業を撤廃 |
| ProQuality | モバイルの製品検査アプリ。バーコード読取、写真撮影、顧客承認ワークフロー | 検査時間が1品目あたり1時間から2分へ |
| ProVantage | 社内アプリ群への統合入口 | 1,200名超の従業員が、バース予約や人員配置を単一ポータルから利用 |
合計で年間10万ドル超の削減。注目すべきはProDocksで、社内ツールとして作ったものを外部向け製品として提供し、90日で数十社の顧客を獲得しています。内製したツールが収益源になった唯一の事例です。
Baker氏は「市場にあるものに縛られなくなった。必要なものは何でも作れるし、"ほぼ合う"ものに過剰な金額を払わなくてよい」「ベンダー選定のプロセスを回すより速く、必要なツールを作って導入できる」と述べています。後者は購買部門にとって重い指摘です。ベンダー選定に3か月かかる組織では、選定期間そのものが機会損失になります。
Vangala氏の「非効率を見つけたとき、すぐに動かせる対象がある」という発言は、ProVantageの存在と合わせて読むべきです。アプリが4本を超えると、次に必要になるのは「アプリを探す場所」です。私たちが3本目を作る段階で統合入口の設計を勧めているのは、これを後回しにすると利用者が使う場所を見失い、定着しないためです。
AppDirectは数百万人のサブスクライバーを持つB2Bコマースプラットフォームです。マーケティング、営業、財務、人事、オペレーション、開発の各部門が利用しています。

作られたものは、社内ツールに限りません。Broker Online Exchange(BOX)は小売電力ネットワークのマーケットプレイスで、プロダクトマーケティングチームが1か月未満で構築し本番稼働しています。外部の会社に発注した場合の見積は80,000ドル・6か月でした。あわせてBOXのバックオフィス(CMSとCRMのハイブリッドで、コンテンツ管理、リード獲得、プラットフォーム登録、履歴書の収集を担う)も作られています。
ほかに、静的なPDFを置き換えたインセンティブ・プロモーションの対話型ポータル(作ったのは非技術者のプロダクトマーケター)、カンファレンスの分科会調整・登壇者管理・スケジューリング・衝突検知を行うイベント管理アプリ「Thrive」、Supabaseとの連携で動く面接評価ツールがあります。
非技術者のマーケティング担当が年間20万行超のコードを生成し、マーケティングチーム単独で11本、全社で80本超のアプリが作られています。2案件で初年度120,000ドル超の削減。SVP of MarketingのLaura Stevenson氏は「外部の会社に8万ドル払えば6か月かかっていた。Lovableでは1か月未満だった」と述べ、Sr. Director of Product MarketingのJeffrey Leggo氏は「最大の価値は、非技術チームの潜在能力を引き出し、エンジニアリングのコストを後回しにできることだ」としています。
3社とも自社に開発チームを持つテック企業です。それでもLovableを使っている理由は、開発力が足りないからではなく、開発チームに依頼する価値がない業務があるからです。この型は成果が測りにくい代わりに、導入の障壁が最も低い領域です。
Sentryは2012年創業のアプリケーション監視・エラートラッキング企業です。作ったのはCRO(最高収益責任者)のChris De Vylder氏で、同氏は大学以来コードを書いていません。
1つ目はROI計算ツールです。見込み客に簡単な質問に答えてもらうと、年間の削減時間とコストを自動計算し、ツール費用と比較して表示します。初版が1時間、改良にもう1時間。作り方も具体的で、料金のスプレッドシートを写真に撮ってLovableに読み込ませ、計算ロジックを生成させています。営業チーム全員が使う状態になり、見込み客の説得に効いているとされています。
2つ目は営業ダッシュボードです。社内のシナリオ集をもとにGPTでディスカバリー質問を自動生成し、営業担当が編集してから使う。企業概要・戦略的優先事項・連絡先を取得し、初回メールの文案まで作ります。本番稼働が近く、SalesforceとはAPIまたはMCPで連携する予定です。
De Vylder氏は、このワークフローが「標準のSalesforceのフローに収まらない」ため、再現するには大量のApexコードが必要になると述べています。ここが、既存CRMを持つ企業にとっての本質です。私たちがHubSpotのポータルで同種の要望を受けたとき、標準機能とカスタム開発のどちらでもない第三の選択肢としてLovableを使うのは、まさにこの領域——「CRMの標準フローから外れるが、専用開発するには小さい」業務です。
Delivery Heroは70か国で50万店舗以上と提携するフードデリバリー事業者です。作られたのは1本の試作だけですが、成果の性質が他社と違います。
Consumer-Facing Product LeadのEvangelos Foutakoglou氏が1時間で作ったのは、ロイヤルティ特典の引き換えプロンプトです。決済画面でポイントを使えるようにする対話型の機能で、まだ利用登録していないユーザーへのリマインド表示も含みます。
成果は削減額ではなく意思決定の速度です。機能のGOサインが66%速くなり、ステークホルダーの合意にかかる期間が3週間から1週間に短縮されました。Foutakoglou氏は「3週間かかっていたものが1週間になった。約3分の1だ」と述べ、対話型の試作は「議論の余地のない共通の土台」を作ると語っています。文書ベースの要件定義では、関係者ごとに解釈が分かれるためです。
この事例は、ICP企業にとって削減額の事例より重要かもしれません。社内の合意形成に時間がかかることが変革の最大の障害になっている組織では、削減額よりも「3週間が1週間になる」ことのほうが効きます。
ElevenLabsは音声AIの企業で、GTM LeadのGabo Lopez氏のチームが商談用のデモを作っています。作られたのは業種別の架空デモで、たとえば映画会社向けにはキャラクターの音声エージェントと音楽生成モデルを統合したファン向けの対話型体験、消費財メーカー向けには洗剤ブランドのAI音声による製品サポート体験です。
デモの制作時間は50%以上削減され、以前1本にかかっていた時間で3〜4本作れるようになりました。通常10〜15分、最短の例では6分のタクシー移動中に完成しています。Lopez氏は「以前は1本のデモに半日かかっていたが、同じ時間で3〜4本作れる」と述べています。
これは商談の場でその企業専用のデモを見せられるということです。汎用のデモを見せて想像してもらう営業から、その会社の業務が動いている画面を見せる営業への転換であり、提案の質そのものが変わる用途です。
私たちが支援に入るとき、最初のアプリの候補を選ぶ基準は3つです。「効果が大きい業務」から選ぶと、ほぼ失敗します。効果が大きい業務は関係部署が多く、要件の合意に時間がかかるためです。
基準の1つ目は、使う人が5〜20人に収まることです。これより少ないと個人ツールになり、これより多いと要件の調整が先に必要になります。2つ目は、個人データを扱わないことです。個人データを含むと、個人情報保護法ガイドライン(通則編)が求める安全管理措置の確認が必要になり、公開前の点検工程が重くなります。3つ目は、すでにExcelで運用されていることです。Excelで回っている業務にはすでに項目定義と運用ルールが存在し、これがそのまま要件になります。
この3条件を満たす領域は、公開事例のなかにも対応物があります。The Scion Groupの物件パフォーマンスマップ(分析結果の色分け可視化)、サイト監査ツール(決まった基準での定期評価)、SentryのROI計算ツール(スプレッドシートの計算ロジックの画面化)は、いずれも日本企業でExcelとして存在している業務です。
HubSpotを導入済みの企業では、CRMのデータを使った部門固有のダッシュボードや営業現場の入力補助ツールが最初の1本になることが多くあります。SentryのCROが「標準のSalesforceのフローに収まらない」と述べた領域と同じ性質です。
公開事例に現れていない領域を明示します。ここを見誤ると、検証の途中で行き止まりになります。
基幹システム(ERP・会計・生産管理)の置き換え事例は、15事例のなかに1件もありません。Nursaが再構築したのは自社サービスのプラットフォームであり、社内の基幹業務システムではありません。経済産業省「DXレポート」が指摘したレガシーシステムの刷新に、この種のツールが直接答えているわけではありません。
また、規制業種における顧客向けサービスの事例も見当たりません。金融・医療・保険で顧客のデータを扱う本番システムは、監査要件と障害時の責任範囲が別次元になります。私たちがこの領域で提案するのは、本番システムではなく社内の業務ツールと検証用のプロトタイプに限定した範囲です。ここを曖昧にした提案は、情報システム部門の審査で必ず止まります。
数百人が同時に使う全社システムについては、eXp RealtyのThe Hub(83,000名のエージェント向け)とProductivのProVantage(1,200名超)が例外に見えます。ただし両者はいずれも情報の閲覧と軽い入力が中心で、トランザクションの整合性が業務を止める種類のシステムではありません。統制されないまま利用が広がった場合のリスクは、IPA「情報セキュリティ10大脅威」で挙げられている設定不備や内部管理の不備と同じ形で現れます。ノーコード開発の適用範囲と同じ境界がここにも当てはまります。
LovableはFortune 500企業の約67%で利用されていると公表しています。それでも日本企業の事例が出てこない理由は、技術ではなく手続きにあります。私たちが支援の現場で実際に止まる箇所は、次の3つに集中しています。
1つ目は調達です。海外サービスとの直接契約はクレジットカード決済が前提になりやすく、日本円・請求書払い・年間契約を求める購買プロセスと噛み合いません。技術検証が終わっているのに支払いの形で止まる案件が最も多くあります。日本円・請求書払いでの契約方法が該当します。
2つ目は統制です。情報システム部門の審査項目に「誰が公開を承認するか」「公開済みアプリをどう棚卸しするか」が含まれます。The Scion Groupが4か月で100本超を作れている裏側には、週6本のペースで増えるアプリを把握する仕組みが必要になります。ここが設計されていないと、部門での検証は通っても全社展開の承認が降りません。
3つ目は定着です。作ったツールが作った本人しか使わない状態で終わる。IPA「DX白書」が繰り返し指摘している人材と組織の課題が、そのまま現れる箇所です。ProductivがProVantageという統合入口を作ったのは、この問題への実務的な回答です。
この3つは、いずれもツールの機能では解決しません。経済産業省のDX政策のページが経営・組織の観点を評価軸に含めているのは、この構造を前提にしているためです。経済産業省の「IT人材需給に関する調査」が2030年時点で最大約79万人のIT人材不足を推計している状況で、外注先を探すだけでは埋まらない領域が広がっています。
公開されている事例を横に並べたとき、成果の大きさと相関している要素は3つでした。それぞれ、自社に当てはめて確認できる形で書きます。
この3条件は、そのまま導入計画のチェックリストになります。3つのうち1つでも欠けている計画は、私たちの経験では初回の検証で止まります。とくに2つ目が欠けたまま進むと、成果報告の段で説明できなくなります。
公開事例を稟議の根拠に使う場合の限界を整理します。事例は強力な材料ですが、単独では審査を通りません。
| 観点 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 情報の粒度 | 主要9社はアプリ名・機能・作った人の役職・期間まで公開されている | 公式ブログ側の6社は金額のみで、何を作ったのかが不明 |
| 数値の具体性 | 解約額・削減額が金額で示されており、経営会議に載せやすい | すべてベンダー公開の顧客申告値で、算定根拠が非公開 |
| 用途の幅 | SaaS置き換え・社内ツール・顧客向けプロダクト・営業支援の4類型が確認できる | 基幹システム・規制業種の本番システムの事例が存在しない |
| 企業規模 | 従業員1,200名(Productiv)・2,000名超(The Scion Group)・83,000名(eXp Realty)の事例がある | いずれも創業が比較的新しく、階層の深い日本の大企業とは承認プロセスが異なる |
| 地域 | 米国・欧州・ブラジルの事例があり、業種は分散している | 日本企業の公開事例がなく、商習慣・調達プロセスの違いが検証されていない |
Q. 事例の削減額は、自社でも同じくらい期待できますか?
そのまま当てはめないでください。まず自社の対象業務に関わるSaaSの年間契約額と実利用率を測ってください。座席数課金の契約であれば、eXp RealtyやAtonomの事例と同じ削減の論理が使えます。機能課金や従量課金の契約では、削減額の出方が変わります。
Q. エンジニアがいない部門でも、事例のように作れますか?
最初の1本は作れます。公開事例で作っているのはCFO、経理担当、資格管理担当、CRO、マーケターであり、Sentryの事例では「大学以来コードを書いていない」CROが2時間でROI計算ツールを完成させています。ただし作れることと、チームで使われ続けることは別です。使う人が5〜20人の範囲で、個人データを扱わず、すでにExcelで運用されている業務から始めてください。
Q. アプリが増えてきたら、どう管理すればよいですか?
ProductivがProVantage(社内アプリ群への統合入口)を作っているのが参考になります。3本目を作る段階で、利用者がアプリを探す場所を決めてください。あわせて、公開済みアプリの一覧と責任者を台帳として持ってください。The Scion Groupのように週6本のペースで増える状態になると、後からの棚卸しは実質的に不可能になります。
Q. 導入前の測定を忘れたまま検証を始めてしまいました。どうすればよいですか?
いま測ってください。対象業務のSaaS契約額と作業時間は、遡っても取得できます。検証の途中でも構いません。測っていない状態で成果報告の時期を迎えると、定性的な説明しかできなくなります。
Q. CRMやSFAを自作して、既存のSaaSを解約できますか?
25〜30名のAtonomでは成立しています(年4万ドル→1,200ドル)。ただし1,000名規模では、権限設計・監査ログ・部門横断のデータ整合が主要な工数になり、前提が変わります。私たちが勧めるのは、収益プロセスの記録そのものを置き換えるのではなく、CRMのデータを部門固有の画面にする使い方です。Sentryの「標準のフローに収まらない業務」が、その適所です。
Q. 基幹システムの刷新に使えますか?
公開事例のなかに、基幹システム(ERP・会計・生産管理)を置き換えたものはありません。適用範囲は基幹システムの外側にある業務ツールと、その周辺のデータ活用です。
Q. 作ったツールが属人化しないようにするには、何が必要ですか?
作る前に、そのツールを引き継ぐ人を決めてください。技術的な引き継ぎではなく、業務の責任者としての引き継ぎです。作成者の異動時にツールを止めるのか継続するのかを、作る時点で決めておきます。
主要9社の公開事例を見ると、作っているのはCFO、COO、経理担当、資格管理担当、CRO、マーケター、プロダクト責任者、そして創業者本人です。情報システム部門が実装の主体になっている事例は1つもありません。The Scion GroupのVP of ITが「エンドユーザーになる人の手に開発を渡すと、必要なものがちょうど手に入る」と述べているとおり、情報システム部門は統制と支援の側に位置しています。
削減額の内訳を見ると、止まっているのは座席数課金(eXp Realty、約100万ドル/年)、機能の一部しか使っていない契約(Atonom、年4万ドル→1,200ドル)、外注見積(AppDirect、8万ドル・6か月)です。そして最も示唆的な数字はNursaの「6か月・50万ドル」——予算が付かないから存在しなかったツールが、存在するようになったことを意味します。
ただし、これらの数字を自社の目標値に転記してはいけません。取るべきは成果が出た3条件です。作る人が業務の当事者であること、置き換える対象が金額で特定されていること、最初の1本が数日から週末で終わる規模であること。この3つが揃っていない計画は、事例と同じ結果になりません。
そして日本企業で止まるのは、技術ではなく調達・統制・定着の3点です。株式会社100は、Lovableの日本初の公式パートナーとして、業務整理から調達(日本円・請求書払い・年間契約)、社内定着までを日本語で支援しています。最初の1本をどこに置くかの検討から、Lovable導入支援でご相談いただけます。
本記事に記載した事例の企業情報・アプリ名・役職・数値は、すべてLovableが公式サイトの顧客事例ページおよび公式ブログで公開している内容(2026年9月2日取得時点)です。数値は顧客申告値であり、第三者による監査を経たものではありません。掲載内容は変更される可能性があります。

田村 慶
2005年に札幌で株式会社24-7をWeb制作会社として創業、2012年からHubSpotの販売を開始。2016年にAPAC初となるダイヤモンドパートナーに昇格し、翌年にはHubSpotパートナー・オブ・ザ・イヤー(アジア地区)を受賞。2018年に24-7社の代表取締役を退任し、新たに株式会社100を創業。2019年6月からHubSpot認定パートナーに登録し、HubSpotビジネスを再開。現在は、HubSpotエリートパートナーやHubSpotユーザーグループの主催者として、HubSpotパートナー複数社へのコンサルティングと実行支援、HubSpotの導入企業のビジネス促進を中心に『HubSpot好き』を増やすための活動をしています。 2020年:HubSpot ルーキー・オブ・ザ・イヤー受賞(APAC地区) 2021年:HubSpot パートナー・オブ・ザ・イヤー受賞(日本) 2023年:アジアで初めてHubSpot「Elite Partner(当時)」として認定
ビジネスの成長プラットフォームとしての魅力はもちろん、
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そのすべてに惹かれて、HubSpotのパートナー、
エキスパートとして取り組んでいます。
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